参禅の感想-6

Mさん 女性 30代 岐阜県
この度は、お世話になりました。
勝手をきいていただいたおかげで、無事に、予定通り帰ることもできまして、家族にも心配をかけずにすみました。摂心中、それだけが心配でしたので、ありがたかったです。
一日では何も解らないのは当然なのに、以前、一日だけ、坐禅の仕方を教わりに伺ったときも、親切に教えていただき、ありがとうございました。
ここで教えていただいたように、坐禅をしていけば間違いないという確信がありつつも、家ではなかなか坐禅することができませんでした。睡魔に襲われてしまうこと がしょっちゅうで、情けなく、坐禅への気持ちもなえていました。

 事情があり、数日に渡る摂心には参加できないと思っておりましたが、以前、声をかけていたことで、参加できるなら、この5月と思い、ずっと心に残っていました。でも、こんな状態で、一日、坐り続ける摂心に参加するなんてできるだろうか…と思うと、なかなか決心がつきませんでした。


そんな折に、以前、参禅したことのある人を対象にと、摂心の案内メールをいただきました。ずっと迷っていた背中を、ポンと押してもらった気持ちになり、 また迷わないうちに、参加しますとメールを出しました。

 でも、それから摂心の直前まで、日数にしたら3~4日だったと思いますが、やはり、摂心で坐れるだろうかという思い(それは、ほとんど、恐怖感でした…)に、ずっと襲われていましたが、自分はこの道を歩けないと分かるだけでもいいじゃないか、途中 で逃げ出してもいいじゃないかというくらい、追い詰められらた気持ちで参加したのです。今となっては、たいそうな取り越し苦労でした。


3日間と少しでしたが、坐り続けることができましたのは、坐禅するに無駄ない、またとない環境をつくり、具体的にも、間接的にも支えてくださる老師の存在があることは言うまでありませんが、なにより、常時、通っていらっしゃる方々の存在があったからです。

 摂心なので、言葉の交流などはないですが、 私は、その熱心に真摯に坐ってみえる方々に、ずっと引っ張っていってもらっている気持ちでした。本当に、ありがたかったです。


坐禅については、まだ何かを語れる段階ではありません。坐禅をしているときは、想念がでてくることも多いですが、一方で、とても落ち着いた心持ちになれました。私はこれまで、苦しみから逃れたいと、覚醒セミナーなるものや、セラピーやワーク、瞑想会など、いろいろ探してきましたが、もう、他を探す必要はなくなったという確信があります。

真実を知るというところは、はるか遠いのですが、精神的に少しでも強くなれたらと、その方向を向いて、微々たる一歩を歩いていきたと思い ます。


この度は、ありがとうございました。

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