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大多喜學道舎について

大多喜學道舎について

大多喜學道舎は、2013年4月8日の花祭の日に、ダルマサンガの第二禅堂として開単された。

目的の一つは、増えてきた東日本からの参禅者の便宜を図るためだが、いつも同じ環境の禅堂ではなく、時にはまったく違う「場」で摂心に参禅してみることも必要なことだ。誰しも、参禅の過程で無意識に自分の中に「枠」をつくってしまう。

そうした自意識が作り上げる巧妙な「枠」が、目覚めを妨げることになりがちだ。ただ単に、交通の便が良いから、近いからというだけでなく、時には朽木で、またある時には大多喜で参禅してみることが望ましいからである。

大多喜學道舎全景
弓の形をした日本列島の、矢をつがえる場所に当たる房総半島の中央部、太平洋岸よりの山中。現在の行政区分では夷隅郡大多喜町。太平洋に注ぐ夷隅川と東京湾に注ぐ養老川の分水嶺の源流域に位置する。

日本海型気候の冷温帯(ブナ帯)下部に在る朽木學道舎に対し、こちらはシイやカシからなる暖温帯の山の中。朽木が「陰」であるとすれば、太平洋に突き出た半島のこちらは「陽」。

古代の大国であった上総の国、そのほぼ中心部に位置する大多喜は、徳川四天王の一人本多忠勝が開いた城下町。周辺には「粟又の滝」で名高い養老渓谷や東大演習林、日蓮上人ゆかりの清澄寺など、自然環境のみならず、歴史的にも由緒ある素晴らしい土地である。

東京からの所要時間は2時間と少し。JR外房線の大原駅で「いすみ鉄道」に乗り換えた参禅者は、黄色いメルヘンチックな列車に揺られ、夷隅川沿いの鉄路を源流へと遡行する。あるいは、JR内房線の五井駅で小湊鐵道に乗り換え、養老川沿いを内陸に向かって延びるローカル列車に揺られながら、源流地帯を目指す。

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都会の喧騒や、日常生活の慌ただしさを離れ、ノンビリと列車に揺られて参禅に向かう時間そのものが得難い時間となり、充実した坐禅・摂心へといざなってくれる貴重な時間だ。

二つの鉄路の終点である上総中野駅で下車。駅から歩いて10分もかからない場所にもかかわらず、辺りは静かな田園地帯、朽木學道舎と同じく山に囲まれ、背後に川が流れ、日当たりの良い高台にある。文字どおりの「山環抱水」の地。

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周囲は様々な樹木に囲まれ、沢山の果樹も植えられ、一年中、花が絶えることはない。特に春には、山桜、オオシマザクラ、ソメイヨシノ、ボタンザクラと、桜に囲まれる。

 

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近くには、良く耕された田んぼ。そして學道舎の眼前には、放棄され荒れ果て、野生に帰った耕作放棄地。私見によれば、禅堂の位置する「場」は、こうした野生と文化の接点に在ることがこそが望ましい。

到着した参禅者を迎えるように、玄関先には大きく枝葉を広げたスダジイの大木が屹立する。房総半島では、榊と同じようにご神木として扱うのだとか。土地面積は750坪ほどあり、朽木學道舎の1,5倍ほど。数寄屋建築の母屋は85坪。最大15人ほどの人が、宿泊し坐禅ができる。

大多喜學道舎の建物は、そう古くないこともあり窓が大きく明るい。そのため禅堂は薄暗い洞窟に入って行くようなイメージして改築工事を進めた。菩提達磨が面壁九年した洞窟。

大多喜學道舎 禅堂内部
過疎や少子化・高齢化によって、全国各地に空き家が増えているが、朽木も大多喜もそうした民家を禅堂に活用するための一つの提案でもある。全国各地の参禅者が、小さなサンガを作り、空き家を改築して、そこら中に禅堂があるようになれば、さぞかし素敵なことだろう。

もちろん、大多喜學道舎も何らの伝統や権威、格式にも無縁だ。朽木と同じく、都会からの距離は、必然的にやってくる参禅者を選別する。気軽に門を叩くような人はいない。参禅者は、みな深い問題意識と求道心を持つ方ばかりだ。

そうした人たちが参集する摂心は、朽木に劣らず真剣な充実したものとなる。摂心中の一切の私語を禁じることは、ダルマサンガの最も厳格な規矩の一つだ。挨拶も必要ない。大多喜は朽木と違い、線路や駅、国道に近く、日中は長閑な列車の汽笛の音などが聞こえるが、それでも朝晩は深い静寂に包まれる。ただ、風や川の音。そして朽木よりはるかに多様な鳥や虫達の鳴き声。

ダルマサンガには、少人数ながら僧侶も参禅されるが、あくまで在家中心の禅堂である。もちろん、男女は平等であり、入門の先輩後輩の別はあるにせよ、ゆるやかで民主的な関係を旨とする。

何よりも修行を中心とし、坐禅・摂心を大切にするために、最小限の規則があることは云うまでもない。男性と女性が共に同じ空間で坐るのはもちろん、振鈴や坐禅の開始や終了を告げる鐘も、初参禅の方は別として、男女の別なく順番に打って頂く。また、お経は初心の方でも戸惑うことのないよう、宗派に偏らない短く重要なものを最小限にしている。

警策(きょうさく)は、師家しか使うことを許されておらず、たまに策励のために打つことがあっても、罰策として使用することはない。全ては己の問題であり、誰に強制されるものでもないからだ。

足が痛む場合は静かに合掌し、速やかに組み替えることは許される。半跏趺坐も結跏趺坐も無理な場合は日本座、それでも無理な場合は、椅子を使うことも。

初参禅の方には最低6時間は睡眠を取るように指導しているが、大多喜學道舎でも夜坐が許されており、熱心な参禅者は、自発的に夜遅くまで坐禅を続ける。

当然のことで言うまでもないことであるが、ダルマサンガでは食事を何よりも大切にしている。大多喜でも同じく、摂心中は完全な精進料理。それを漆の応量器で頂く。調理はもちろん、その作法も含め、食事を頂くことが禅の修行そのものであるから。

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お米は、地元の知人が丹精込めて作って下さる、ほとんど農薬を使わないお米。ブナの森から流れ出る源流域の清冽な水で育まれた美味しいお米を、朽木から運び、五分搗きで炊く。厳選した調味料を使用い、野菜は側の畑の菜園で収穫したものを中心に、春には大多喜の名産であるタケノコや山菜、秋は沢山の種類のキノコなど。

ダルマサンガの坐禅は、身心の健康を目的とした「健康坐禅」とは程遠いが、却ってその食事や深い腹式呼吸、朝の真向法やチベット体操などにより、身心の健康と調和を回復するには良い時間となる。

摂心の最終日、最後の茶礼を済ませ、参禅者はそれぞれ下山の途につく。急ぎでない人は参禅者のクルマに同乗し、15分ほどのところにある七里川温泉へと向かう。千葉では珍しい硫黄泉だ。摂心で疲れた身体をほぐし、またノンビリとローカル線に揺られて帰途に着く。来る時は反対側の列車に乗れば、房総半島を横断したことになる。

大多喜學道舎開単の趣意と喜捨のお願い

 

大多喜學道舎の位置と環境

大多喜學道舎は、千葉県南部の房総丘陵に位置しています。
太平洋に注ぐ夷隅川と東京湾に流入する養老川の分水嶺が複雑に入り組んだ源流地帯、夷隅川の支流、板谷川上流にあります。
標高百メートル足らずとはいえ、深い森に覆われた急峻な山地地形や、渓流といった多様な環境があることから、陸上に限れば、房総丘陵は千葉県内でもっとも生物多様性が高い地域です。

古代は大国であった上総の国、現在の行政区域ですと夷隅郡大多喜町の西南部。大多喜町は房総半島のほぼ中央に位置し、東西約12km、南北約19km、総面積129.84k㎡と、千葉県の町村で最も広大な面積を有し、朽木と同じように、森林総面積の約70%を占める山郷です。

玄関先のシンボルツリー、スダジイの大木

玄関先のシンボルツリー、スダジイの大木



朽木學道舎が、日本海側気候のブナやミズナラ、アシュウスギなどからなる冷温帯の落葉広葉樹林帯に位置するのに対し、大多喜學道舎は、太平洋側のスダジイ、ヤブニッケイ、ウラジロガシ、アラカシなどからなる暖温帯の照葉樹林帯にあります。

コナラ、アカメガシワ、カラスザンショウ、ヤマザクラなどの落葉樹も点在していますが、日本文化の基層の一つである常緑広葉樹(照葉樹)が優占しています。

千葉県内に棲息するほ乳類の、ほとんどが確認されています。大型種としてはホンシュウジカ、イノシシ、ニホンザル、ホンドタヌキ、アナグマなど。

深い森林には多様な植物が生育し、そのため昆虫類も多く、さまざまな野鳥の棲息を可能にし、繋殖しています。年間を通して見られる種としては、キジ、コジュケイ、ホオジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、カワラヒワなど、30種にも及び、夏鳥はサシバ、アオバズク、オオルリ、サンコウチョウ、ホトトギス、ツツドリなどが確認されています。

晩秋から日本列島を南下してくる冬鳥の仲間ではオシドリ、マガモ、チョウゲンボウ、アカハラ、ジョウビタキ、ウソなど20種近くになります。


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