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ある女性の初関透過

*以下の文章は、2010年度「秋分大摂心」に参禅されました40代の女性からのお便りです。

文中にもありますように、都合で摂心4日目に下山されました。それでも、御本人は帰宅されてからも摂心を相続されていたようです。

 こうした体験を公表することは、間違えますと他の参禅者の邪魔をすることになりかねないことは、充分に承知しておりますが、既成宗門を中心とした禅が形骸化し、現代の混迷した社会に生きる人たちの自由と解放に繋がっていない状況の中で、ほんらいの禅がもっている素晴らしい可能性について理解して頂くために、御本人の了解のもとに、敢えて公表することにしました。

 「初関」を透過しただけでも、長い間抱えてこられた悲しみ、苦しみが一瞬にして氷解する様子が良く表現されております。誰よりも御本人が良く理解されておりますが、これで禅における修行がようやく本格的に始まったということです。

 禅の初学者が読む祖録の一つに「十牛図」がありますが、真の自己に目覚めるとは、八番目の円相によって表現されております「人牛倶忘」にしかありません。
 それまではすべて途中のものです。道元禅師が身心脱落された後に、「一毫の仏法もなし」と断言されておりますように、この「わたくしの心身」はもちろん、ダルマも仏教もすべて無くならなければないけません。伝統的な仏教の言葉で云えば「解脱」であります。

 参禅者が初関を透過することができれば、禅の修行についての迷いは無くなります。正しい坐禅を相続して行けば、必ず自意識の根が切れる(切れた分だけ自由で伸びやかな本来の自分に近づく)こうした体験があるということを知って頂きたいと思います。


老師へ
合掌
おはようございます。
「秋分大摂心」も今日で最終日ですね。
先に帰りましたが、皆さんと一緒に坐っているつもりで、この3日間を過ごしていました。
 今朝、暁天坐を終えて、しばらくして日課となっている、飼い猫を階段で遊ばせるために玄関を開けて、外に出ました。(家は団地の5階なので、階段の踊り場からは周辺がよく見渡せます) 家の周りは、T市の外れのためか、変電所や、ゴミ焼却場がすぐ近くにあります。変電所に近いため、周りは鉄塔だらけ。
 空はいつも沢山の鉄塔と電線に遮られています。 今までは、それが嫌で嫌でたまらなかったのですが、今朝、夜明け前の澄み切った空の中の鉄塔を見たとき、なんというのでしょうか、「只這是」(ただこのとおり)としか言いようのない見え方で、鉄塔が見えてしまいました。
 今まで、何を見ていたのでしょうか?何も見てはいなかったのだなぁ…とつくづく思いました。 それから、何回か鉄塔を見てみるのですが、やはり、鉄塔は鉄塔として、只あるがまま。醜いものでも、忌むべきものでもなくなってしまっていました。
 今までは、自分にとって嫌なものなので、風景の中から、切り取って見てしまっていたのだと思います。 初めて、「只這是」で見えたとき、鉄塔を、美しいとさえ、感じました。なんだか、とても優雅に佇んでいる様にすら見えました。

 びっくりしてしまって、何度も何度も見るのですが、やはり、すっかり、力も抜けたような様子で、ただ立っている鉄塔たちが存在しているのです。

 もうひとつ、びっくりしたことは、鏡を(鏡の中の自分を)見るのが嫌ではなくなっていることでした。 鉄塔が鉄塔として見えた後、炊事場の横の鏡に、ふっと目が止まりました。 鏡の中には、私が映っていました。とても静かな気持ちで見ることが出来ました。そんな風に自分を見たのは初めてのことでした。

 「私ってこんな顔をしていたんだ…」 とても冷静に見ることが出来ました。今までは、鏡で自分を映して見るのがあまり好きではなく、 今朝のように、ただただそのまま自分を見ることが出来たのは、初めてでした。 心だけ参加していたような、後半の3日間も、坐禅のうちに数えてもらっていたのでしょうか。そんな今朝の出来事でした。


 そして、最後にもう一つ。20年前に、とても大きな悲しみを得ましたが、ずーっと、ずーっと、いまだにまるで、昨日のことのように苦しかったのですが、それが、今朝のその二つの出来事の後、思い返してみても、胸の痛みも、悲しみも、今までのように苦しくはなくなってしまっていました。 以前、老師が教えてくださったように、これが、「空ぜられる」ということなんでしょうか? なんだか、不思議な感じですが、とても、楽になりました。 秋分大摂心、本当にありがとうございました。                                    M  拝
老師へ
もうすぐ職場に着きますが、今朝の鉄塔は、私にとっては、2回目の斧に当たる出来事だったのかもしれません。
あのあと、いろんな物が目に入ってきて、こんなに様々なものが存在していたの!?…というビックリと、
様々なものが均等に見えていると言ったらいいのか、今まで嫌だったものが目に入っても嫌な感じではなく、
反対に、好きだったものが目に入っても、それだけが飛び切り目立って見える訳でもなく、
なんだか当たり前のものが当たり前に見えているような…
今まで、薄皮一枚通して見ていたような、その薄皮が剥がれてしまったような
なんかいつもと違う感じで
でも、当たり前で…
なんか不思議な感じです。
老師、本当にありがとうございます。
今回は、しみじみうれしいです。
そしてありがたい気持ちでいっぱいです。
九拝

*次の文章は、秋分摂心からほぼ4ヵ月後の、神戸「楽の森禅フォーラム」での体験について書かれたもの。
こんばんわ。
今、A尼とKちゃんと、Tさんに
メールを出し終わりました。
(トリが老師です・笑)
Kちゃんは、2月3月も摂心なのですね~
A尼もお仕事再開されたんですね~!

さて昨日、禅フォーラムで坐って、耳が変わったみたいです。

きっかけはシャッターの音。

いつも聞いているビルのシャッターが閉まる音を、あんなふうに聴いたのは初めてだったかも。

素晴らしいオーケストラの交響曲みたいに、とんでもなくきれいでした~

で、今朝からは、耳が「ふし穴」になったみたいです。


昨日、シャッターの音が轟いた時、
聞いているうち、
「音」だけになったみたいでした。
音が止むまで音だけだったみたいです。
(あとで、そうだったらしいと言葉になりました)
音についての思い出話ですが、
夏だったか、摂心中に
ヒグラシの声が自分の中で鳴り響いて、
(というか、自分が無かった??)
参禅者の方の感想の中にも
同じような出来事が綴られていたなぁ~、
こんな感じのことなのかなぁ~
とか、思ったことがありました。
昨日の出来事は、
それより更に圧倒的な感じでした。
音だけでしたね~…
いつもは、シャッターの音は
すぐに「うるさいなぁ~」という思いに飛んでしまうし、
階段を行き来する人の音とか、
道行く人の大きな話し声とかにも
坐っている時は、やはりどうしても
うっすらと「うるさいなぁ~」という思いに行きやすかったのですが、
昨日のシャッター以降の諸々の
物音、話し声は、なんにも思わなくなりました。
「あ、音がしてる…」
くらいの感じで、ただそのまま聞くことが出来て、
とても、楽になりました。
どんな音にもひっかからなくなったというか、
カタマリの自分がないというか…
どの音も、むしろ、愛おしいような、
どの音も、ある種、美しくて、
「いつもこんなに豊かな音に包まれて
暮らしているのか~」
って、感動して、うれしくて、
胸がジ~ンとして、なんか、
ちょこっと泣いてしまいました。
音というものを、今までは
こんなに自分勝手に価値付けて
自分の中に止めてひっかかっていたのかぁ~!!
と、びっくりしました。
(価値付けたために引っかかっていたわけですよね…)
昨日のシャッター以降は、
音が、
右の耳から、左の耳へ、
ただ頭部の中を通過していっている感じ、
音が通り抜けることで
頭の中をスースーと掃除してるみたいです。
スースーしてます。
今まで知らないな~…この変な?感じ。
昼頃までスースーが激しかったですが、
だんだん落ち着いてきました。
でも、もう、今までの聞き方とは変わってしまったようです。
音にもこんなにも、好き嫌いの価値付けを
していたんですね~
びっくりします。
いやはや、どんだけ、
自我は「仕事」熱心なんでしょう!苦笑
今朝の坐禅中、今までは気がつかなかった、
遠~くの電車の音にも気がついて、
こんな音も、ほんとは、ここまで届いていたんだな~
と、またまた感動してしてしまいました。
そして、「鼻息かすかに通ず」という感じの
極めて静かな呼吸をしていたようです。
初めてだと思います。
老師が呼吸についてお話してくださることは、
今までは、「そんな息もあるのか~」と
頭では、知っていても、「どんななのかな~?」
という世界でしたが、今朝は、少しだけ体験できたようです。
あんなに静かな息があるのですね~…
ほんとに、呼吸してないみたいな…
ふと思ったのですが、私は、
鉄塔で、目を開いて?もらい、
シャッターに耳を開いて?もらい、
次は鼻か?(その次は喉?)
なんか冗談みたいな、この展開…
風邪薬でもあるまいし~…
でも、そんな風に、ひとつひとつ、
価値付けのお仕事に励んでいる器官が
お仕事から外れていくのも面白いですね~…
それと、鉄塔とか、シャッターとか、
きっかけに鉄がらみが多いのは
我が父上が鉄の仕事をしてたからでしょうか~・笑
次は何によって、何が外れていくのやら~?・笑
それはさておき、
ただただコツコツ坐るのみ、ですね。
なんで、こんなに飽きないのか
ほんとに不思議ですね~
1チュウ、1チュウ、
いつも違う「旅」みたいで、
飽きません。
では、明日からの摂心、
よい時間となりますように。
合掌

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開単のご挨拶

syotenhourin謹啓
學道舎を取りまく山々の残雪もいつのまにか消え、宮沢賢治がその童話の中で仏性の象徴とした辛夷(マグノリア)の清冽な白い花も散り、この朽木學道舎の周辺では山桜が満開となり、梨やスモモの花が一斉に咲きだしました。
付近にはすでにオオルリやツツドリ、サシバなどの夏鳥が渡って来ており、ブナの新緑が目にも鮮やかな季節となりました。

さて、みなさまからの過分のご支援、ご協力を頂きながら、ここ5年ほどの歳月をかけて進めて参りました朽木學道舎が、ようやく開単にまでこぎ着けることができましたので、ここに謹んでご報告申し上げます。

道元禅師の「正法眼蔵」と母の手縫いの座蒲、それに一揃いの宮沢賢治全集を携えて、東京からこの雪深い山奥の過疎地に移り住んで、はや20年(現在で約30年)の歳月が過ぎ去ろうとしております。いまさらながらに光陰の移り変わりの早さに驚くばかりです。

この間、いくたびの愚行を繰り返してまいりましたが、幸いにも素晴らしい法縁に恵まれ、青年時代からの多年にわたる疑念を解決することができました。かつて大陸や朝鮮半島と奈良や京都を結んだ古い道を切り開き、根来坂の峠を越えて若狭の禪道場の摂心に通ったのも、はるか遠い昔のことのような気がします。

このわたくしの20年(現在で約30年)にも満たない短い参禅の間にも、日本も世界もかつてなかったほど大きく変化しました。もう何年も前になりますが、チェコの精神科医の方と摂心で共に坐禅したことがあります。亡命を恐れている政府は家族での出国を許さず、その方は単身で日本海に面した小さな古い港町である小浜に、ダルマを求めてやって来たのでした。

ほかにもポーランドの方やもちろん西側諸国からの多くの外国人も一緒でした。そしてその何年かのちにベルリンの壁は崩壊し、東ヨーロッパの民主革命、ソビエト連邦の解体へと歴史は激動しました。

また別の摂心でイスラエルから来られた若い留学生の方が隣に坐り、その初めての禪体験に深く感動した彼は、摂心の終了後に美しいユダヤ教のカードに「With a Breath」と記し,わたくしに手渡してくれました。

イデオロギーや体制、民族の違いを越えて、多くの人たちと共に禅を行じてきたわけですが、こうしたことが可能であるのもダルマはほんらい普遍的なものであり、禪はそのすべての存在の根源であるダルマ=真の自己を探求するものであるからです。

文字通り戦争と革命の世紀であった20世紀は,同に科学の世紀であり、その外部世界を支配しようとするあくなき欲望の時代であり,その一方で人間の内面世界をかえり見ることを忘却した世紀だったように思います。

もちろんこの日本とて例外では無く、西欧近代の世界観と人間観のもとに、世界の人々が羨むほどの物質的な豊かさを手に入れましたが、わたしたちの生命の基盤である環境は破壊され、精神にまつわるすべての価値が崩壊してしまったかのような観を呈し、社会的な混迷は深まるばかりだと思うのはわたくしだけでありましょうか。

自らの参禅体験を通じて、すべての人に内在する叡知に目覚めることなしに、真の自由と平和が実現されることは在りえず、この世界や人間存在を根底から問い直すことなしに、今日のさまざまな問題を解決することは不可能であると考えます。

こうしたなかにあって仏教、なかんずく禪が果たさなければならない役割の大きさを痛感しております。この決して誰も教えることも、誰に教えてもらうこともできないその叡知を、自ら探求し真の自己に目覚めるための場として、このささやかな朽木學道舎は設立されました。

発心寺専門僧堂師家、原田雪渓老師より「出家するも良し、そのままでも良し、これからは時代に即応して法を伝えていくように」というお言葉を頂いてから學道舎の設立に取り掛かったわけですが、この間は山仕事に従事しながらの、肉体的にも経済的にもたいへん苦しい日々でした。

なんとか開単を迎えることができましたのも、おおくの友人、道友のみなさまのお陰であることは申し上げるまでもありません。ここに改めて、みなさまから寄せられましたご支援、ご厚情に対して深く感謝するとともに、心から御礼申し上げます。

現代の日本の社会にあって、組織や団体の後ろ盾の何もない浅学不徳のわたくしのようなものの試みに、おおくのみなさまからの援助を頂いたことを考える時、釈尊を始めとして国境を越え、時代や社会体制を超えて、この自由と平和の道を伝えてくださった、膨大な数知れぬ人々と、ご指導頂いた幾人かの師や敬愛するアメリカの詩人たち、共に坐ってきた幾多の法友のすべての縁を頂いて、いまこうしてここに坐っていることに、合掌礼拝せずにはいられません。

朽木學道舎は何とか最低限の準備を整え、開単の日を迎えることができましたが、これからは今までにもまして大変だろう覚悟しております。この身体の動く限り法のために働くことで、みなさまのご恩に報いるつもりでおりますが、これからも忌憚の無いご批判、ご指導、ご鞭撻を頂けましたなら幸いです。

最後になりましたが、開単に際しまして、おおくのみなさまよりお祝いを頂きました。拝眉の上でお礼を申し上げねばならないところですが、いまだ山積する仕事に忙殺されております。何とぞご理解のうえ、ご寛恕下さいますよう伏してお願い申し上げます。

2001年5月8日(当地では月遅れの花祭りの日) 朽木學道舎師家  飯高転石 九拝

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