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七日間摂心体験記

2008年朽木學道舎 灌仏会大摂心会(大接心)に参加して

はじめに
禅はむやみに厳しいものではない
前 夜
第一日
坐禅を組みっぱなしではない
二日目
三日目
四日目
提唱
坐禅による意識の深化
坐禅の妨げ
独参とは
食事
夜 坐
摂心で修行する意義
五日目、六日目
最終日
摂心終了後
その後
八日目
正 師
はじめて摂心する人へ
現代における禅


はじめに

まず、前置きになりますが、この灌仏会大接心の感想は、接心の個人的な体験記であると共に、接心に参加されたことのない方、また坐禪に関心がありながら、禪の敷居の高さに実際に参禅することをためらわれているような方の為に、接心というものが実際にどのように行われているのか、また実際の参禪はどのようなものなのか、そのガイドのような形で書いていきたいと思います。

多くの方にとって、禅や禅寺、禅道の持つイメージ、その禪の敷居は高過ぎ、近寄りがたいものに感じられていると思います。
ましてや、摂心で朝から晩まで坐り続けるなど、とても普通の人には不可能なことだと思われるのが普通かもしれません。

私にとっても、実際に参禪に赴くまでは、禅の敷居はとてつもなく高いものでした。
何か一言でも質問をしたものなら、すぐさま警策をもって打ち据えられるような、そんなイメージがありました。


禅はむやみに厳しいものではない

そうした、禪に対する固定化されたイメージの為に、かつての自分のように、禪に関心を持ちながら、実際の参禪を躊躇われている方がいるとしたら、非常に残念なことです。実際に参禪して感じられるものは、そうした禪のイメージとは、全く違ったものです。
かつて朽木学道舎での七日間の摂心が、私の初めての坐禪であり、参禪となりましたが、坐禪の経験がない、全く初めての方でも、坐禪に何か求めるものがあってこられた方であるならば、七日間を坐ることは決して難しいことではありません。

そうした方の為に、かつて私も禪の敷居の高さに参禪を躊躇った者として、実際の参禅はどのようなものなのか、少々長くなると思いますが、その点においてなるべく詳しく体験記を書きたいと思います。

私が朽木学道舎へ参禪するようになってから、3年程になります。坐禪そのものの経験も、それまでありませんでしたので、3年ということになります。
お盆、ゴールデンウイーク等の連休にはよく摂心に参加させて頂いており、また學道舎へ参禪されている方の中では、一番家が近い方ですので、週末の休みや少し長い連休が取れた時にも、時間の都合が取れる時は、参禅させてもらっています。


前 夜

今回の灌仏会大摂心には、7日間を通して参加させてもらいました。
29日に仕事を終えて、車で夜9時前に學道舎に到着すると、7日間参加される方は少なく、今回のゴールデンウイークは、連続して休みが取りにくい形になっているので、多くの方は5月2日から5日間参加されるということでした。
摂心は明日30日の朝から正式に始まりますが、私自身も比較的時間の都合を取りやすい仕事をしているとはいえ、やはりこうした機会は、そうそうありませんので、既に始まったものと気を引き締め、11時過ぎまで坐ってその日は休みました。


第一日

あくる朝30日より、摂心が始まりました。

摂心のスケジュールは、夏時間なので、4時振鈴(起床)、4時20分より二炷(一炷(いっちゅう)は約40分)の坐禪、7時に粥座(朝食)、8時20分より三炷の坐禪、11時半に斎座(昼食)、13時20分より三炷の坐禪、16時30分より薬石(夕食)、18時20分より三炷の坐禪、一日の最後に四弘誓願文(しぐせいがんもん)と普回向(ふえこう)を読んで、21時以降は随座、22時に開枕(就寝)となります。

一日の最後に読む四弘誓願文と普回向を掲載します。四弘誓願文は三度読みます。

四弘誓願文

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)

法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)

仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)

(意味)

生命あるものは限りなけれども、誓ってみちびかんことを願う

わずらいなやみは、尽くることなけれども、誓って断ちきらんことを願う

ことわりのかずは、はかりなけれども、誓って学ばんことを願う

さとりの道ははるかなけれども、誓って成し遂げんことを願う

 

普回向

願(ねが)わくは此(こ)の功徳(くどく)を以(も)つて

普(あまね)く一切(いつさい)に及(およ)ぼし、

我等(われら)と衆生(しゅじょう)と、皆共(みなとも)に仏道(ぶつどう)を成(じよう)ぜんことを。

十方(じーほー)三世(さんしー)一切佛(いーしーふー)

諸尊(しーそん)菩薩(ぶーさー)摩可薩(もーこーさー)

摩可(もこ)般若(ほじゃー)波羅密(ほろみー)

(意味)

若しも願うことが可能であるならば、今此処に積み上げた成果を

広く一切のものに及ぼし

われわれ自身と全ての生物とが

皆一緒に釈尊の教えを達成する事が出来るように願いたい

あらゆる方角における過去,現在、未来のあらゆる仏(ほとけ)

多数の仏道修行者、偉大な人々

真実に向かう為の偉大な知恵


坐禅を組みっぱなしではない

一炷と一炷の間には径行(きんひん、歩行禪)と(ちゅうかい、足を休めたり、手洗いに行く時間)が20分間あります。一日に一度独参と提唱があります。

こうしてスケジュールを見ると、摂心に参加されたことのない方は、早朝から夜までびっしりと坐禪をしているように見えて、普通の人にはとても無理なように感じると思いますが、食時の後には、約一時間半の空き時間があります。

坐禪の経験者は少し休んだ後坐ったりもしますが、初心の方が無理をする必要はなく、この時間はゆっくりと体を休めたり、外を少し遠くまで散歩することもできます。坐禪と坐禪の間の抽解の時間も、20分あるので、その間別室で横になって体を休めたり、縁側で体を楽にしたり、外の椅子に坐って景色を眺めたり、外を少し歩いたりも出来ます。

禪堂の玄関の土間には、各自で御茶が飲めるようにしてあり、抽解等の時間には自由に飲むことができます。ごく簡単にですが紅茶やコーヒーも飲めるようにしてあります。
老師の奥様が手作りされた御菓子が置かれる事もあります。

そういった感じで、坐禪以外の時間も充分あり、その時間はゆったりしたものです。摂心中、ただ厳しい雰囲気のみが禪堂を支配しているということはありません。

30日からの参加者はまだ少なく、また初心の方もおられませんでしたので、他の方がこられる2日までは、一炷の始まりと終わりの鐘は打たず、めいめいが坐れる長さだけ自由に坐り、足が痛くなったら自由に抽解を取り、又坐る形になりました。

坐禅に多少習熟してきますと、一炷以上の時間を坐ることも、難しいことではなくなってきます。
一炷ごとに鐘を打つと、かえって坐禪が途切れ途切れになってしまうので、朽木學道舎では、人が多いときは無理ですが、それほど多くない時は、しばしばこうした形をとります。


二日目

最初の一日目、二日目は、より徹底して坐る意味で、それぞれが自分に合った時間で坐るということになりましたので、私は禪堂内で坐る他にも、早朝や晩は外で坐ったりもしました。
學道舎の裏手の山は、途中まで15分程で登れる道がついているのですが、その行き止まりまで上って、大きな杉の大木の下に、じかに、坐布を用いず、すぐ横を流れるせせらぎの音を聞きながら、坐ったりしました。

また朽木学道舎の前の川に渡された、大きな丸太二本を渡して作られている、橋の上で坐ってみたり、川べりで坐ったりもしました。その橋は、昨年の夏に老師が参禪者と渡したものです。

一日目はまだ、川上にある大きな桜の木は、花を付けていて、非常に美しい佇まいを見せていました。
二日目はわずかの風に、花が舞い落ちていくのを見ました。桜の花びらが絶え間なく川面を流れていく中、カジカの独特の鳴き声とせせらぎの音を聞きながら、橋の上で坐りました。
三日目には、花は全て散ってしまいました。

こうして文章に書くと、何か美しさに酔っているかのように見えてしまいますが、他の時ならともかく、摂心の時はそういった余裕はありません。

普段の生活を離れて、こうした自然環境の中で一週間を過ごすだけでも、何らかの気付きといったものが得られるかもしれませんが、こうして一週間坐り通せる機会というのは一年において、また人生においても、そうあるものとは限りませんので、油断なく呼吸を見つめることに徹します。
初心の内は外の環境にどうしても注意が引きずられますが、そうしたことも無くなれば、ただ呼吸を見つめることに徹底するのみです。

もちろん、自然の移り変わりに対して敏感であり、無常に気づくこともまた、大変な修行であることに変わりはありません。それゆえ、古人も修行の場として、山深い場所を選んできたものと思います。

七日間を坐る摂心では、個人差はありますが、だいたい三日目が峠となります。一日目はそれほど苦もなく坐れますが、同じ姿勢を維持する為、二日目、三日目と足の痛み、人によっては腰など他の部分の体の痛みもだんだん増して行きます。

その三日目までをしっかり坐っておくと、峠を越えた四日目からは、痛みはありながらも、痛みと共に坐れる状態と言うのでしょうか、耐えられない痛みといった感じではなくなります。ここからやっと、禪の本当の醍醐味が感じられるようになってきます。
ですので、一泊から三泊の坐禅では、なかなかそこまで届きません。三日間の坐禪だと、痛みの峠をやっと終えてこれから、というところで終了になってしまい、非常に勿体無いのです。

四日目以降は坐禪中、全く足の痛みを感じない時もあります。また姿勢を維持し続けることにも、全く力が要らない、そういった状態になったりします。
そういった状態を、定力じょうりきがつく、禪定ぜんじょう力がつくと言います。定とは、簡単に言えば三昧サマーディーを意味します。

今回の摂心は定の深まりが早く、二日で峠を越したようで、三日目からは抽解に足を休めなくても、一炷目から次の食事の時間まで、三炷を通して坐れるようになりました。一炷が終わって鐘が鳴っても、このまま次の回も坐れる、続けて坐りたいと思えば、径行と抽解に坐を立つ必要はありません。

もちろん、坐禪は足の痛みを我慢することが目的でもなく、当然のことながら、我慢大会でも何でもありませんので、うまく姿勢が維持し続けられない時、足が痛い時は、抽解の時に足を休めます。

坐禪が深まってくるとでも言うのでしょうか、定力がつきはじめると、意識の上でも様々な変化を感じることになります。


三日目

摂心の三日目、5月2日には、今回の摂心に参加される大半の方が揃いました。
摂心の参加者は、いつもだいたい男性と女性が半々といった感じです。三日目からは、人も多くなりましたので、一炷ごとに鐘を打つ形になりました。
その一炷の始まり(止静)と終わりの鐘は参禪者が交代で打ちます。専門僧堂では、女性が鐘を打つことはありませんが、ここでは男性、女性、関係なく交代で順番に鐘を打ってもらいます。

坐っている時は、自分の坐禪の変化、深まりというものは、案外あまり分からないものですが、定が深まってくると、鐘を打った時に、安定して、澄んだ音が出るようになります。そうした変化に気づくことも、とても重要です。聞こえ方も変わってきます。

摂心のおよそ三日目までは、前述したとおり、体の痛みなどで、楽なものであるとは言い難いものです。そういった痛みも、坐禅を継続していく内に、だいぶ慣れてしまうものなのですが、初めの内は特に厳しいものに感じられると思います。
不思議なことなのですが、既に定力がついて、非常に深く、静かに、落ち着いて坐っている人が、一緒に坐っていると、その人の定に同調する、引き寄せられるという感じでしょうか、それほど坐禪の経験のない方でも、三日もかからずに深く坐ることが出来るようになります。

こうしたことは一人で坐っている時には起こりえないものです。
もちろん、新しく見えられた参禪者の方々が、深い問題意識を持って坐禅に向かわれているからこそであることは、言うまでもありません。

新しく参禪者の方が来られれば、坐っていても禪堂内に多少ざわつきがあるものですが、その日から禪堂内は非常に静かでした。
とても不思議に感じられる程の静けさでした。

一日目、二日目は朝晩の冷え込みが厳しく、セーターを着て、毛布を羽織って坐りました。三日目以降は朝晩の冷え込みも、ずいぶん少なくなりました。昼はセーターや毛布があるとかえって暑すぎるので、外さなければならず、そうするとまた徐々に体が冷えてきたりして、こうした季節の方がかえって風邪を引きやすいので、注意が必要でした。

摂心中、5月5日に雨が降った以外は、良い天気が続きました。禪堂の中で坐っていても、少しだけ冷たい、気持ちのいい春の風が、無双窓から禅堂の中にも入ってきて、頬を撫でていくのを感じました。

日本の伝統的な造りをしている茅葺の禅堂は、多くの光は入らないようになっており、無双窓から差し込む春の光は、とても静謐で、坐禅を助けるものであるように思いました。

そのように禪堂内の空気も、冬の禪堂の空気とは全く違ったものでした。
その空間の中に、衝立を前にして、参禪者がほとんど何の音も立てずに、坐っていました。
人が集まることで、かえって静寂は更に深まり、密度を増しているように感じました。

摂心中、参禪者同士は話をすることも、目を合わすことさえありませんが、その深まりゆく静寂の中で、何か本当に深く共有しているものが、あるような気がしてなりませんでした。


四日目

摂心の四日目、5月3日には、一月に亡くなられた御父様の供養にと、今回初めて坐禪を経験されるSさんという女性の方が、富山県からお見えになり、今回の摂心に参加される全ての人が揃いました。今回の摂心は大型連休に行われるということで、遠方から来られている方がほとんどでした。

実は今回の摂心の数日前、老師の御父様も亡くなられ、老師は摂心の直前まで千葉の御実家に戻られていました。


提唱

Sさんがお見えになったので、提唱の際には、老師の御父様が95歳の大往生だったこと、非常に美しい、穏やかな死顔をしていて、葬儀もとても感動的なものであったことも、老師は話されました。
Sさんが涙を啜られているのが聞こえました。

そうした経緯があり、今回の提唱では、「無門関第四十七則 兜率の三関」と、「正法眼蔵 生死の巻」を同時に用い、死の問題を正面から取り上げている祖録から提唱をされました。また、老師が長年研究されてきた宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも触れ、亡くなった人は生きている人にとってどのような存在であるのか、どこにある(いる)と言えるのか、といったことにも言及されました。

坐禪、独参と共に摂心の三本柱の一つである提唱とは、もともと禪から生まれた言葉で、法を引っ提げて唱えるという意味があり、祖録を元に老師が法そのものを提示するものです。ですので、論理的に、説明的に捉えられるようなものではなく、また、そのように提唱を解釈しようとすべきでもありません。
風の音を聞くように、ただ聞いていてください、と老師は提唱の際に言われていました。

随息観で重要な点は、無理のない正しい姿勢で足を組み、ただ呼吸に留意する、呼吸を見つめ続けることです。
そして、思いを放つ。さまざまな思いに引き回されない。
目に映るものにも、耳に聞こえる音にも、鼻に匂う香りにも、心に浮かぶ思念にも、なるがままに、それらの一切のことを、相手にせず、邪魔にせずに坐ることです。


坐禅による意識の深化

摂心も三日目以降、半ばに入り定力がついてくると、あまり坐を立つ必要がなくなるので、外に出ることもほとんどなくなりました。
その頃になってくると、日常でも、疲れている時など顕在意識の活動が抑えられているときには、誰にでもままあるものですが、様々なイメージが鮮明に見えたり、物音が何か人の声のように感じられたりといったことが起こりやすくなります。坐禪に習熟してくる程、よりはっきりとした形で出てくるようになります。

そうしたものが出てくることは探求の過程において必ず通過するものであり、必要なことなのですが、それにとらわれると探求の妨げになり、魔境と呼ばれます。
そういったものが坐禪の中で意識化されること自体が、自分というものを構成している、様々な想念を手放している過程であると言えると思います。

ですので、何が見えても、何が聞こえても、何が起こっても、相手にせず、邪魔にせず、ただ呼吸を意識して坐るのみです。
そうしたものは夢と同じようなものです。夢から覚めてしまえば、座布団から立ってしまえば、それまでのものです。
そして、その日坐禪の中で感じたことを独参の際に老師に話します。
そうすると、不思議な程次の日の坐禅では同じものを感じたりはしなくなります。意識の中に深くしまいこんだものを、自分という括りから手放してしまう、そういったことが起きるのだと思います。
ですので、独参の場でそうしたことを話すことは、大変重要なことです。探求が、正しく滞ることなく進んでいくかは、そこにかかっているように思います。

摂心も佳境にはいると、定力がついているので呼吸はより静かになり、体も安定して坐れるようになるので、非常に静けさを意識するのですが、一方で前述したような日常では意識されることのない、内面の激しさというものも、前面に押し出されてくるように思います。


坐禅の妨げ

ただ、注意して頂きたいのは、坐禪の中で感じられることは本当に人それぞれで、その人特有のものです。こういった記述を読んだが為に、前もって先入観を持って坐ると、妨げにしかなりません。
坐る時は、この感想全てを忘れ去って、全てを投げ捨て手を打ち払って、坐ってください。

自分がかつて坐禪で経験したものであっても、それに沿わせようとしながら坐ることは、やはり妨げにしかなりません。坐禪に自分というものを持ち込んでしまうことが、何よりの障害です。

妨げているのは自分しかありません。
その自分を構築している様々な想念を、坐禪の中で捨てていく、そしてただ普通を本当に普通に生きられるようになる、それが坐禪であるように思います。
それこそがどんな奇跡や超常的な力よりも本質であり、尊いものであるように思います。
そうしたことが坐禪を続けていくと、分かろうとしなくても、体にしみ込んでくるように分かってくるように思います。


独参とは

独参は、坐禪の中で感じたこと、疑問に思った事等を老師に尋ね、正しい工夫が出来ているかどうかを、確認する場所です。分からないことや、疑問を持っていたりすると、坐禅の妨げになります。

今回、肉親の死という、人間の避けがたい悲しみを抱えて、参禪に来られた方がいたからでしょうか、悩みを抱えていても、坐る時の妨げになりますので、そうした荷物を下ろす意味で、悩みを持たれている方は、独参の場でその荷物を下ろしていってください、と老師は独参の前に話されました。

独参は、今回新しく建てられた独参用の建物で行われました。この独参の建物も、老師と参禪者の手によって基礎の段階から建築したものです。
老師がその独参の建物から鈴を鳴らすと、参禪者が一人ずつ、禅堂の土間においてある鐘を二回叩いて、独参へ向かいます。
独参から戻られた女性の参禪者の方が涙を啜られていました。
参禪者の方も様々な思いを抱えて、参禪されているものと思います。

独参の作法は、入り口で一拝、老師の前で一拝、終わりに一拝、五体倒地で額を床に付けて礼拝します。本来は三拝ずつですが、時間がかかる為一拝ずつということになっています。

独参の室内でのことは、人に話しても、聞いてもいけません。
独参は、摂心の中でも非常に重要なものです。

独参の場でのやりとりは、参禪者一人一人に即したものであり、人によって全く違った指導の方法を取り得るために、独参の室内での話は、自分と他人の独参を比較して坐禪の邪魔にならないように、決して人に話しても、聞いてもいけないことになっていますが、独参の雰囲気については、紹介しても構わないとのことでしたので、ここで少し述べさせていただきます。
老師の前で礼拝を済ませた後、姿勢と呼吸を整え、自分の坐禅の方法、随息観であれば、随息観(数息観に参じていれば、数息観)に参じております、といいます。

独参の場は単なる言葉のやりとりの場ではありません。そこで伝わるのはむしろ言葉ではないものです。

礼拝を済ませ、姿勢と呼吸を整え、目を上げ老師の目を見た途端、空気の密度が変わっていくのを感じます。その空気の密度が、自分の意識に浸透していき、自分の中から言葉が閉め出されていくのを感じます。

独参に向かうにあたって、今日の坐禪で感じたこと、疑問に思ったことを考えていくのですが、坐禪によって定が深まっていると、口を開いてもその空気の密度の中に、言葉が音になる前に消えてしまうように感じます。頭に言葉があっても、なかなか言葉を出すことが出来ません。非常に時間がかかることがあります。
その空気の密度の前に、言葉、そして言葉を基にした言語認識、思考というものがあまりに表層であり、限界があるかを感じます。かなりの困難を感じながら、自分の坐禪についていくつかのことを述べます。

そのことについて、老師からいくつかの指摘と話があります。
独参は短く終わる時もあれば、長く何も話さないままの時もあります。坐禪が深まってくるほど、その沈黙がいかなるものであるか、伝わってくるものであるように思います。


食事

食事は作法によって、始まりから終わりまで、一言も話さなくても滞りなく、非常に合理的に行われます。参禪者は応量器と呼ばれる、大中小の三つの漆の器を、摂心中を通して使います。食事が終わると、お湯と沢庵できれいにして、重ねて袱紗に包んで片付けます。
朝食(粥座)と昼食(斎座)には食事の前に、五観之偈(ごかんのげ)、生飯之偈(さばのげ)、三匙之偈(さんしのげ)を読み、食事の後に折水之偈(せっすいのげ)を読みます。

その中でも最も広く読まれているものである、五観之偈を掲載します。
五観之偈
一には功の多少を計(はか)り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。

二には己が徳行(とくぎょう)の全欠を[と]忖(はか)つて供(く)に応(おう)ず。

三には心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。

四には正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。

五には成道(じょうどう)の為の故に今此(いまこ)の食(じき)を受く。

(意味)

一つ目には、この食事が調うまでの多くの人々の働きに思いをいたします。

二つ目には、この食事を頂くにあたって自分の行いが相応しいものであるかどうかを反省します。

三つ目には、心を正しく保ち過った行いを避けるために、貪りの心を持たないことを誓います。

四つ目には、この食事を、身体を養い力を得るための良薬として頂きます。

五つ目には、この食事を、仏様の教えを正しく成し遂げるために頂きます。

粥座はお粥、斎座は(米と麦の)御飯、薬石(夕食)はその残りで作った雑炊、又はうどんを頂きました。
食事は十分な量があり、品数も豊富で、お代わりをすることも出来ます。畑で取れた野菜や、周辺で取れた山菜、コシアブラ、ヨモギ等を使った天麩羅等の料理も出されました。

なるべく音を出さないようにして頂きます。そうすることで、自分の今、現在に、より注意深くなります。こうしたところで、坐禅による変化が非常によく分かります。

また、毎日当たり前のように行っている、食べる、食事を頂くということが、我々の生命にとってどういうことなのか、どんな言葉による説明よりも明白に気付かされます。

摂心の間、最初から最後まで、参禪者全ての食事を作って頂いた老師の奥様には、この場を借りて御礼の言葉を述べさせて頂きたいと思います。有難う御座いました。


夜 坐

定力がついてくると、短い睡眠時間でも坐れるようになるので、摂心の日が経つにつれ、五時間、四時間、三時間と、睡眠時間を短くして夜坐やざをしました。
以前全く眠らずに坐ってみたことがありましたが、次の日の朝の一炷目、二炷目と定力が抜けてしまっていて、姿勢を維持することもうまく出来ないような状態でしたので、私の場合最低二時間は寝ておかないと次の日に支障が出るようです。

初心の方が、無理して夜坐をする必要はありません。開枕かいちん(就寝)の時間になったら、ゆっくり休んでいただいてかまいません。

夜坐よりも、次の日の坐禅の方が重要ですので、無理をし過ぎればいいというものではありませんし、それぞれの方の健康の具合、体力、気力もありますので、ここでは夜座はしなければならないものではありません。体を壊して普段の仕事に差支えが出るといったこともあってはなりません。

無理をし過ぎること、真面目過ぎることもまた、自分の枠を強め、妨げになります。
しかしながら、摂心においては、法を求めるならば多少の無理を試みることもまた必要です。


摂心で修行する意義

私自身は、悟りを求めて遮二無二坐るような人のみが、摂心に参加すべきであるとは思っていません。
たとえ年に一度であっても、世の中で普通に仕事をしている人が坐りに来る、そういったことであってもいいと思っています。我々が生きる日常、社会もまた、厳しい状況にあるように思います。

そうした日常を離れ、無言の内に、溢れるほどの様々な情報の刺激や、社会の中での自分の位置によって忘れている、或いは忘れようとしている、本当の自分の本心、深く隠された自分の感情と直面する。
それは必ずしも楽なことではありませんが、それによって本来自由そのものだった自分に、生きていく上でまとわりついた、余計な夾雑物を捨てていくことになります。
摂心という言葉には、本来の自己に親しむ、という意味があります。
摂心において、悟りや見性といった明確な体験がなくても、それだけ本来の自己に親しんだことになります。

実際のところ、自分の限界まで摂心を坐り抜き、どれほど深い安らぎ、落ち着きを感じたとしても、自意識の根が切れない内は、日常に戻ってしまえば、三日も経てばいつもの日常の自分に戻ってしまいます。
例えるなら、泥水が静かな状況で上澄みと沈殿物に分かれていたものが、また揺さぶられて泥水に戻ってしまうようなものです。

それでも参禅を継続していく中で、悟りや見性といった体験がなくても、あらゆるものが変わっていっていることに、何かの機会に気がつくことでしょう。
その違いはやはり決定的なものであると言わざるを得ません。
私は日本に生まれてきたことに殆ど何の感情も持ってはいませんでしたが、禅が日本に今もなお法を伝えるものであることに、深い敬意と感謝の念を抱かざるを得ません。


五日目、六日目

最終日に近づくと、坐っていると鐘を叩く音は、自分の頭が叩かれているかのように感じ、外で鳥の声が聞こえただけでその音が頭をカツーンとやるように感じ、床が軋む音がすると、自分が割れるかのように自分の中に響き、その度ごとに思わず頭と体が大きく仰け反りました。

一日の終わりにお経を読むと、グッと掴まれたように自分の意識全てが読んでいる文字そのものになってしまい、お経がお経を読んでいるといった感じで、自分がお経を読んでいるといった感じではなくなります。

坐禪によって、自我が作り出している自分と世界の境界が薄れてきているからです、と老師は言います。その他様々なことがあります。

定力によって坐ることは可能ですが、疲労もまたかなり蓄積しているので、食事の後は横になって休みました。食事の後は胃に血液が行っているので、食事の直後に坐ることはここでは勧められていません。


最終日

摂心も七日目、最終日になりました。正午に開静(終了)となります。
摂心の終わりに茶礼がありました。参禪者は、衝立を挟んで向かい合うように坐っていましたが、外側に向かって坐り、御茶を注いでもらい、御菓子を頂きます。茶道はこの茶礼から発展したものです。
静かに御茶と御菓子を頂くと、摂心が終わったことを感じました。

それから全員、単(それぞれの坐る場所)を立って、御聖僧様の方を向き、般若心経を読みました。その後、灌仏会ということで、四弘誓願文と普回向を読みながら、順番に聖僧壇の誕生仏に甘茶をかけていきました。

灌仏会(かんぶつえ)は、御釈迦様の誕生を祝う行事です。様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たします。誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝います。

全ての参禪者が甘茶をかけ終わると、自分の単に坐り、御聖僧様の方に向かって、老師の鐘の合図に従って深く三拝し、単を立って礼拝し、灌仏会大摂心は開静しました。


摂心終了後

その後、摂心終了後の食事会がありました。摂心は終わったので、参禪者は互いに話をしてもかまいません。
料理は、周辺で採れたコシアブラ、ヨモギ等の山菜と學道舎で栽培している椎茸の天麩羅が美しく盛り付けられ、老師の奥様が酢に漬ける段階から作られた鯖寿司等もあり、ご馳走でした。

よく晴れた日で、縁側のガラス戸を開け放ち、外からの空気が気持ちよく、部屋から眺める景色が非常に綺麗でした。参禪者の方の互いの近況を聞いたりしながら、ゆっくりと料理を楽しみました。


その後

食事が終わった後も、参禪者同士で長く会話を楽しんでいましたが、今回の摂心に参加された参禪者の方も、一人、一人と、席を立たれ、帰っていかれました。

私は、後二日間仕事の休みをもらっていたので、残り二日間も學道舎に滞在し、摂心によって溜まっている作務を手伝うことになりました。富山県から摂心の四日目にお見えになったSさんも、三日後の5月9日朝まで滞在して坐っていかれるということでした。私も朝と夜は一緒に坐ることになりました。
他の参禪者の方は夕方までにお帰りになり、それ以降は、また会話をせず坐りました。

その夜の坐禅で、非常に定の深まりを感じ、こうした休みを取れる機会は一年の中で他にありませんので、私は明日もう一日坐らせてもらえるようにお願いしました。


八日目

翌朝、二炷を坐って粥座が終わり、私は体を休める為に書院の縁側に楽に座って、外の景色をただ眺めていました。

外には朝の光が差し、庭の大葉菩提樹の葉は、その朝の光を透かして輝いていました。本当にいつもの光景であり、毎日大葉菩提樹はいつもこうしてあるはずですが、それは尋常ではない輝きでした。

その大葉菩提樹の姿は、本当に静かで、ゆるぎなく、どこにも行こうとせず、生命を湛え、生を讃えていました。その姿は時間性というものを持ちませんでした。

それから私は外に出て、木の橋を渡って川の堤防沿いを歩きました。
冬の間は殆ど姿を見ることのなかった鳥が、電線に止まって私のすぐ上で、機敏に頭と体を動かしながら、賑やかに長く囀っていました。その姿にはどこにも人間のような緊張も、苦悩の兆しもありませんでした。
ただ命を生き、寛ぎきって、春を謳っていました。

本当に静かで美しい、春の日でした。
なんということだろう、と思いました。

この世界の中で、自分だけが世界を逆さまに見、錯覚し、いいものを悪いと言い、ないところに邪悪なものを見、激しい感情を隠し、後ろ手にナイフを隠すかのように自分を抑えて生きている、自分の愚かさ。

我々もまた存在そのものから離れたことは一度として無いにもかかわらず、自己というものが生み出す境界の中で、その限られた領域を永続的に保持しようとして苦しむ。

いつも、世界はこのようにして在った。
春の静かな美しさの中を歩きながら、私は自分の愚かさを深く恥じていました。

次の一炷目が始まる前に禪堂に戻り、そしてまた坐りました。老師は摂心中に溜まった別の仕事をされていて、禪堂にはSさんと私が衝立を挟んで坐っていました。

前日の食事会が終わった後、Sさんがいろんな考えが出てきてしまって、うまく坐れないと話されていました。
そうしたものが出てくること自体が、それを手放している過程そのものですので、どんなに下らない事が出てきても、又どれほど悲しい事が思い出されたとしてもそのままに眺め続け、それを抑えつけたりせず、悲しい事が思い出されたならば、そのまま涙を流して泣いて下さい、と話したのですが、そんなことを人に話したことが、結果的に自分自身に向かって話したことになったのでしょうか。

坐っていると、今回の摂心のことが思い出すともなく、頭の中を巡っていました。
共に坐った参禪者の方々の姿、今朝の大葉菩提樹の輝き、春の訪れを告げる鳥の囀り声、満ちている春の空気、溢れる光、新緑の山々・・・。

世界は美しい、ふとそんなことを思ったような気がした途端、涙が流れてきました。
かつて自分を割った悲しみ、それ以来自分の半分以上が死んだように感じ、どれほど何かに感動しても、どんなことをやっても、決してもはや動かず、熱を持たない部分といったものを常に感じてきましたが、その悲しみをもう一度悲しみ、その痛みをもう一度感じました。

涙は止まることなく、片手を着いて身をかがめ、タオルに顔を埋めて声を出さず、声なき声を震わせて、長い間涙は流れました。
こうしたことはかつてなかったように思います。

流れる涙の中で、自分の中にも温かい血が流れていることを感じました。
かつて、この世界を疑うこともなく、もっと自由に、屈託なく生きていた自分を思い出しました。

摂心は前日に終わったので、その日の午後からは川を遡ったところにある子母婆(コモンバ)の滝へ行きました。
途中まで車で行き、そこからは歩いて向かいました。
軽トラの荷台に乗って風を受けながら、木漏れ陽の林の中を抜けて行き、それから新緑に包まれた道の上をゆっくりと歩いて、景色を楽しみながら滝へ向かいました。
シャクナゲが満開を迎えていました。

滝の周辺はひんやりとした空気が心地よく、足を水に浸してみると、痺れるように感じる程の水の冷たさでした。滝の流れを十分に堪能し、楽しんだ後、滝の傍で坐りました。

夕方以降は、また会話をせず坐りました。

夜坐っていると、禅堂の隅のほうで何かがゴソゴソと音を立てていました。ネズミか何かだろうかと思っていると、物陰からネズミにしてはかなり大柄なものがピョンピョンと飛び跳ねながら出てきました。目がとても大きく、尻尾がふさふさして太い動物。ニホンリスでした。
禪堂の中を行ったり来たりし、柱を器用に登ったり降りたりしながら、必死に外へ出られるような場所を探しているようでした。あまりに必死なので、無双窓を開いて逃がしてやりました。

翌日老師にそのことを話すと、ニホンリスはこの辺りでも滅多に見ないということでした。
かつてヤマネも禅堂の中に迷い込んできたことがあるそうです。ヤマネも禪堂の柱を器用にするすると登っていったそうです。

去年のお盆、その時は摂心はなく、夜一人で禪堂で坐っていて、何やら音がするなと思っていると、鮮やかな緑色をした、とても大きくて非常に美しい、スマートなフォルムをしたモリアオガエルが、ペタン、ペタンと禪堂の中へ何処からか入り込んで来たのでした。

以前から井守が水の中で尾を揺らして泳ぐ姿や、蛙の表情や佇まいは、本当に存在に寛いでいるかのようだと、感嘆する思いで眺めていたので、大きく美しいモリアオガエルが禪堂に入って来た時は、ここでは蛙もまた法を求めて坐りに来るのか、と愉快な気持ちがしたものでした。

翌日、5月8日が当地における月遅れの灌仏会の日ということで、早朝、二炷坐った後、竹竿の先に花束を付けて、庭先に天高く掲げました。

それから粥座を頂いた後は、冬の間使わなかった薪を移動させたり、布団を干したり、建築中だった小屋の骨組みを、これまでの予定より小さくする為に解体したり、摂心中に溜まった諸々の作務を夕方迄手伝いました。

翌日の朝帰られるSさんは、お昼からは坐るのも、辺りを散策するのも自由ということになり、夕刻前までは遠くまで素足で川沿いを歩いたりして、散策を楽しまれていたようでした。

その日の夕方、日が暮れる前に、私も帰路の途に着きました。

普段だと、摂心が終わったその日の内に車で帰ると、車の中では視野の隅々まで意識が行き渡るのを感じ、非常にゆっくりと景色は流れ、体は奇妙なまでに軽く、カーステレオをつけると音が体に沁み込んでいくように感じ、大きく開かれた感覚、坐禪による意識の変化を感じながら帰ったはずですが、今回9日間滞在して、今回の摂心は自分にとって、8日目にして摂心が終わったような、そんな感じがありました。

坐禅で体験したことや、気づきといったものは、日常に戻ると確かにあったはずなのに、夢のようにあったかどうかさえ分からない、掴めないものに感じられる時があります。たしかにそれは通常の認識の作用で掴まえられるようなものではなく、認識の作用が静まっている時に、理解できるものであるように思います。
そうした禪と日常の分離といったものもまた、坐禅を続けていく内に無くなっていくことでしょう。禪は特殊な体験をするためにあるものではなく、ただ当たり前のことが当たり前に理解できるようになる、そのようなものだと思います。

坐禪を続けていく程に、私は禪を知らず、法を知らないと感じます。法、ダルマ、存在の事実は、人間の自意識の一切の介在を許さない、と老師は言いますが、確かに自分というものが掴む事が出来るようなものではないことが分かります。

参禪する動機や理由というものは、言葉としてある程度整理されて自分の中にあったわけですが、最近は自分が何に向かって参じているのか、坐っているのか、それすら分からないような気がすることがあります。それはたしかに自分というものが掴んだり、介在出来るようなものではないからです。


正 師

ですので、正しい指導者の元に参禅するということは、参禅するにあたってまず第一に、何よりも重要なことであると思います。指導者は印可を受けた師家であることが必須でしょう。そうでなければ、やらないほうが無難です。

師家は道案内です。実際に自分の足で道を歩むのは参禪者その人であり、禅を教えるものは何より坐禅そのものです。実際に坐ることの他にありません。
私も数多くの書物の中に真実の影を探しましたが、数千数万の真理に関する書物を読んでも、ただ一炷の坐禅の代わりになるものではないと感じます。


はじめて摂心する人へ

今回の摂心も、坐禅は全くの未経験の方が数名参加されましたが、全くの未経験でも七日間の摂心を坐り抜けないということはありません。本当の禪の味わいを知る為には、やはり最初の三日の峠を過ぎることが必要ですので、初めての方こそ五日間から七日間を坐られると、言葉ではない確かな実感として、禪の持つ意味を感じられると思います。

ここでは、紋切り型な禪のイメージにあるような、坐っていて少しうとうとしただけで警策を打ち据えたり、少しでも作法を間違えたら怒鳴りつけるといったようなことはありません。

私にとっても実際に朽木学道舎へ参禅に赴くまで、禅の敷居というものはとてつもなく高いものでしたが、禪にそうしたイメージが先行し過ぎていることは、残念なことのように思います。実際の参禅の中で感じられてくるものは、もっと全く違ったものです。

参禅される方の問題意識がどのようなものであれ、それこそがその方にとっての取りかえようの無い公案であり、実際に坐る時に、坐禅の中にそのことを持ち込む必要はありませんが、それが内発的な厳しさとなります。

もちろん足の痛みはありますし、普段は直視することのない、自己と直面する厳しさといったものはあります。坐禅は一見すると不合理な行為に見えます。それでもなお求める何かがあって、摂心(接心)に参禅されたなら、そこで得るものは決して少なくないと思います。


現代における禅

世界とは何か。
世界を認識している自分とは何か。
それは二つの異なったものであるのか。
それとも認識の機能が、自己と世界、自己と他者、自己と自然、そして生と死、あるがままのものとあるべきもの、そうした全ての二元性、分離を生み出すものであるのか。
それによって生まれる、個人の内外における対立、葛藤、争い、そして自らの生存を脅かすほどの環境への破壊、搾取の根源的な終息はありうるのか。

言葉による追求、解釈、答えは結局、私に根源的な理解と解決をもたらしませんでした。私は言葉による答えを求めません。

現代において、いまや全人類的に認識されるようになった地球規模の環境の危機といったものもまた、我々個人個人の意識のありようが反映されたものであることは、否定できないものであるように思います。
それは大袈裟過ぎると思われるかもしれません。

しかし、我々自身がそもそもどういった存在なのか、全ての世界に生きる個人個人がそのことを、切実なる感情と共に、根源的に問わざるを得なくなるほど、おそらく人間が引き起こした危機は、人間の意識と身体の内外にわたって、更に露呈していくことだろうと思われます。

その上で、禪が、さらに言えば仏教が本来示していた、この世界のありようの事実、存在の事実に人が目覚めるとは、この現代の世界を生きる我々にとって、どういった意味があるのか、どういった可能性があるのか、宗教の問題としてではなく、問われる時に来ているように思います。

そうした意味で、伝統の軽視はあってはなりませんが、禪もまた、現代に即した言葉で語られる必要があるように思います。

禪だけが、仏教だけが、存在の事実に目覚める唯一の道ということではないことでしょう。気づいていようがいまいが、人もまた存在の事実そのものであり、そこから離れている人というのもありません。
そのことをただ人自身が納得できない故に、坐ることになります。私自身はやはり、日本に生まれたことを感謝するものです。

禪について私のような人間がこのように語ることは、大いに愚かな事なことであり、無意味なことです。
禪や真理といったものに関する知識があるゆえに、それが坐禪の妨げになることもありえます。
実際に坐ることに比すれば、こうした記述は全く無意味です。坐る時はどうか、これまで見聞きしてきた全てを忘れ、開かれて坐ってください。

本来の自己にあなた自身が親しむことが、一番良いことでしょう。それがあなた自身と自身が生きる世界を変えていくことでしょう。こうしたことは、やはり実際に坐ってみないと分からないものです。
長くなりましたが、これで感想を終わりたいと思います。

<おわり> 2008.6.12 K.E

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普勧坐禅儀

原(たず)ぬるに、夫(そ)れ道本円通(どうもとえんづう)、争(いか)でか修証(しゅしょう)を仮(か)らん。

宗乗(しゅうじょう)自在、何ぞ功夫(くふう)を費(ついや)さん。

況んや全体逈(はる)かに塵埃(じんない)を出(い)づ、孰(たれ)か払拭(ほっしき)の手段を信ぜん。

大都(おおよそ)当処(とうじょ)を離れず、豈に修行の脚頭(きゃくとう)を用ふる者ならんや。

然(しか)れども、毫釐(ごうり)も差(しゃ)有れば、天地懸(はるか)に隔り、違順(いじゅん)纔(わず)かに起れば、紛然として心(しん)を(の)失す。

直饒(たとい)、会(え)に誇り、悟(ご)に豊かに、瞥地(べつち)の智通(ちつう)を獲(え)、道(どう)を得、心(しん)を(の)明らめて、衝天の志気(しいき)を挙(こ)し、入頭(にっとう)の辺量に逍遥すと雖も、幾(ほと)んど出身の活路を虧闕(きけつ)す。

矧(いわ)んや彼(か)の祇薗(ぎおん)の生知(しょうち)たる、端坐六年の蹤跡(しょうせき)見つべし。

少林の心印を伝(つた)ふる、面壁九歳(めんぺきくさい)の声名(しょうみょう)、尚ほ聞こゆ。

古聖(こしょう)、既に然り。

今人(こんじん)盍(なん)ぞ辦ぜざる。所以(ゆえ)に須(すべか)らく言(こと)を尋ね語を逐ふの解行(げぎょう)を休すべし。

須らく囘光返照(えこうへんしょう)の退歩を学すべし。

身心(しんじん)自然(じねん)に脱落して、本来の面目(めんもく)現前(げんぜん)せん。

恁麼(いんも)の事(じ)を得んと欲せば、急に恁麼の事(じ)を務(つと)めよ。

夫れ参禅は静室(じょうしつ)宜しく、飲飡(おんさん)[飲食(おんじき)]節あり、諸縁を放捨し、万事を休息して、善悪(ぜんなく)を思はず、是非を管すること莫(なか)れ。

心意識の運転を停(や)め、念想観の測量(しきりょう)を止(や)めて、作仏を(と)図ること莫(なか)れ。

豈に坐臥に拘(かか)はらんや。尋常(よのつね)、坐処には厚く坐物(ざもつ)を(と)敷き、上に蒲団を用ふ。

或(あるい)は結跏趺坐、或は半跏趺坐。

謂はく、結跏趺坐は、先づ右の足を以て左の※(もも)の上に安じ、左の足を右の※(もも)の上に安ず。

半跏趺坐は、但(ただ)左の足を以て右の※(もも)を圧(お)すなり。

寛(ゆる)く衣帯(えたい)を繋(か)けて、斉整(せいせい)ならしむべし。

次に、右の手を左の足の上に安(あん)じ、左の掌(たなごころ)を右の掌の上に安ず。

兩(りょう)の大拇指(だいぼし)、面(むか)ひて相(あい)拄(さそ)ふ。

乃(すなわ)ち、正身端坐(しょうしんたんざ)して、左に側(そばだ)ち右に傾き、前に躬(くぐま)り後(しりえ)に仰ぐことを得ざれ。

耳と肩と対し、鼻と臍(ほぞ)と対せしめんことを要す。

舌、上の腭(あぎと)に掛けて、脣歯(しんし)相(あい)著け、目は須らく常に開くべし。

鼻息(びそく)、微かに通じ、身相(しんそう)既に調へて、欠気一息(かんきいっそく)し、左右搖振(ようしん)して、兀兀(ごつごつ)として坐定(ざじょう)して、箇(こ)の不思量底を思量せよ。

不思量底(ふしりょうてい)、如何(いかん)が思量せん。非思量。此れ乃ち坐禅の要術なり。

所謂(いわゆる)坐禅は、習禅には非ず。

唯、是れ安楽の法門なり。

菩提を究尽(ぐうじん)するの修證(しゅしょう)なり。

公案現成(こうあんげんじょう)、籮籠(らろう)未だ到らず。

若(も)し此の意を得ば、龍の水を得たるが如く、虎の山に靠(よ)るに似たり。

當(まさ)に知るべし、正法(しょうぼう)自(おのずか)ら現前し、昏散(こんさん)先づ撲落(ぼくらく)することを。

若し坐より起(た)たば、徐々として身を動かし、安祥(あんしょう)として起つべし。

卒暴(そつぼう)なるべからず。

嘗て観る、超凡越聖(ちょうぼんおつしょう)、坐脱立亡(ざだつりゅうぼう)も、此の力に一任することを。

況んや復た指竿針鎚(しかんしんつい)を拈(ねん)ずるの転機、払拳棒喝(ほっけんぼうかつ)を挙(こ)するの証契(しょうかい)も、未(いま)だ是れ思量分別の能く解(げ)する所にあらず。

豈に神通修証(じんずうしゅしょう)の能く知る所とせんや。

声色(しょうしき)の外(ほか)の威儀たるべし。

那(なん)ぞ知見の前(さき)の軌則(きそく)に非ざる者ならんや。

然(しか)れば則ち、上智下愚を論ぜず、利人鈍者を簡(えら)ぶこと莫(な)かれ。

専一(せんいつ)に功夫(くふう)せば、正に是れ辦道なり。

修証(しゅしょう)は自(おの)づから染汙(せんな)せず、趣向更に是れ平常(びょうじょう)なる者なり。

凡(およ)そ夫れ、自界他方、西天東地(さいてんとうち)、等しく仏印(ぶつちん)を持(じ)し、一(もっぱ)ら宗風(しゅうふう)を擅(ほしいまま)にす。

唯、打坐(たざ)を務めて、兀地(ごっち)に礙(さ)へらる。

万別千差(ばんべつせんしゃ)と謂ふと雖も、祗管(しかん)に参禅辦道すべし。

何ぞ自家(じけ)の坐牀(ざしょう)を抛卻(ほうきゃく)して、謾(みだ)りに他国の塵境に去来せん。

若し一歩を錯(あやま)らば、当面に蹉過(しゃか)す。

既に人身(にんしん)の機要を得たり、虚しく光陰を度(わた)ること莫(な)かれ。

仏道の要機を保任(ほにん)す、誰(たれ)か浪(みだ)り石火を楽しまん。

加以(しかのみならず)、形質(ぎょうしつ)は(た)草露の如く、運命は電光に似たり。倐忽(しくこつ)として便(すなわ)ち空(くう)じ、須臾(しゅゆ)に即ち失(しっ)す。

冀(こいねが)はくは其れ参学の高流(こうる)、久しく摸象(もぞう)に習つて、真龍を怪しむこと勿(なか)れ。

直指(じきし)端的の道(どう)に精進し、絶学無為の人を尊貴し、仏々(ぶつぶつ)の菩提に合沓(がっとう)し、祖々の三昧(ざんまい)を嫡嗣(てきし)せよ。

久しく恁麼(いんも)なることを為さば、須(すべか)らく是れ恁麼なるべし。

宝蔵自(おのずか)ら開けて、受用(じゅよう)如意(にょい)ならん。

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摂心と独参について

ekadanpizu独参とは
 

 独参は、坐禪の中で感じたこと、疑問に思った事等を老師に尋ね、正しい工夫が出来ているかどうかを、確認する場所です。分からないことや、疑問を持っていたりすると、坐禅の妨げになります。

  今回、肉親の死という、人間の避けがたい悲しみを抱えて、参禪に来られた方がいたからでしょうか、悩みを抱えていても、坐る時の妨げになりますので、そうした荷物を下ろす意味で、悩みを持たれている方は、独参の場でその荷物を下ろしていってください、と老師は独参の前に話されました。

独参は、今回新しく建てられた独参用の建物で行われました。この独参の建物も、老師と参禪者の手によって基礎の段階から建築したものです。 老師がその独参の建物から鈴を鳴らすと、参禪者が一人ずつ、禅堂の土間においてある鐘を二回叩いて、独参へ向かいます。 独参から戻られた女性の参禪者の方が涙を啜られていました。 参禪者の方も様々な思いを抱えて、参禪されているものと思います。

独参の作法は、入り口で一拝、老師の前で一拝、終わりに一拝、五体倒地で額を床に付けて礼拝します。本来は三拝ずつですが、時間がかかる為一拝ずつということになっています。

独参の室内でのことは、人に話しても、聞いてもいけません。

独参は、摂心の中でも非常に重要なものです。

独参の場でのやりとりは、参禪者一人一人に即したものであり、人によって全く違った指導の方法を取り得るために、独参の室内での話は、自分と他人の独参を比較して坐禪の邪魔にならないように、決して人に話しても、聞いてもいけないことになっていますが、独参の雰囲気については、紹介しても構わないとのことでしたので、ここで少し述べさせていただきます。

老師の前で礼拝を済ませた後、姿勢と呼吸を整え、自分の坐禅の方法、随息観であれば、随息観(数息観に参じていれば、数息観)に参じております、といいます。  独参の場は単なる言葉のやりとりの場ではありません。そこで伝わるのはむしろ言葉ではないものです。

礼拝を済ませ、姿勢と呼吸を整え、目を上げ老師の目を見た途端、空気の密度が変わっていくのを感じます。その空気の密度が、自分の意識に浸透していき、自分の中から言葉が閉め出されていくのを感じます。

独参に向かうにあたって、今日の坐禪で感じたこと、疑問に思ったことを考えていくのですが、坐禪によって定が深まっていると、口を開いてもその空気の密度の中に、言葉が音になる前に消えてしまうように感じます。

頭に言葉があっても、なかなか言葉を出すことが出来ません。非常に時間がかかることがあります。 その空気の密度の前に、言葉、そして言葉を基にした言語認識、思考というものがあまりに表層であり、限界があるかを感じます。かなりの困難を感じながら、自分の坐禪についていくつかのことを述べます。

そのことについて、老師からいくつかの指摘と話があります。 独参は短く終わる時もあれば、長く何も話さないままの時もあります。坐禪が深まってくるほど、その沈黙がいかなるものであるか、伝わってくるものであるように思います。

以上は朽木学道舎摂心会7日間坐禅体験記より

 

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坐禅の仕方

Dharma

基本的な作法


合 掌(がっしょう)

相手に尊敬の念をあらわすこと。両手の掌を合わせ、臂を脇の下から離し、指先を鼻の高さに揃えます。


叉 手(しゃしゅ)

歩くときの手の作法。右手の親指を中にして拳を作り、これを胸に当て、これを左手の掌でおおう。


隣位問訊(りんいもんじん)

両隣の参禅者への挨拶です。自分の坐る位置に着いたら、その場所に向かって合掌し低頭する。両隣に当たる二人は、これを受け合掌。


対坐問訊(たいざもんじん)

坐る向かいの人への挨拶。隣位問訊をしたら、右回りをして、向かいに坐っている人に合掌、低頭する。向側の人はこれを受けて合掌する。


結跏趺坐(けっかふざ)

両足を組む坐り方。対坐問訊が終わったら、そのまま坐蒲の上に腰をおろし、足を組む。右の足を左の股(もも)の上に深くのせ、次に、左の足を右の股の上にのせ、左手を坐蒲に添え、右手は床をおさえ、身を坐蒲と共に右回りをして面壁(めんぺき)する。


半跏趺坐(はんかふざ)

結跏趺坐ができない人の足の組み方。左の足を右の股のうえに深くのせます。結跏趺坐でも半跏趺坐でも肝要なのは、両膝とお尻の三点で上体を支える。自分の身体に合った坐蒲を使用し、両膝を確実に地につけ、その三辺が正確な二等辺三角形を描くように坐ること。

上体の作法両脚のまわりの衣服を整え、背骨をまっすぐにのばし、お尻を後方につきだすようにして腰にきまりをつけます。両肩の力を抜き、腰の骨をまっすぐに伸ばし、首筋には力を入れず、顎を引き、頭で天をつきあげるようにすると、背骨がまっすぐになります。

手の作法(法界定印、ほっかいじょういん)

右の手のひらを上向きにして組んだ足の上に置き、その上に、左の手のひらを同じように上向きにして置き、両手の親指の先を、かすかに接触させます。力を入れておしてはいけませんが、決して離さないようにします。目の作法目は決して閉じないで、自然のままに開いておく。視線は、およそ1メートル前方、約45度の角度におとしたままにする。


呼吸について(欠気一息、かんきいっそく)

すべてのものを吐き出してしまうような気持ちで、大きく口を開けて息を吐き出す。いっぱいに吐き出すと、あとは吸おうと思わなくとも、新鮮な空気が身体全体に入ってきます。この深呼吸を数回行った後は、鼻からの自然な呼吸にまかせる。
口の作法

 舌の先を上の歯の内側の付け根につけ、歯と歯とをつけ、唇を密着させる。口を結び、開けたり、動かしたりしない。

左右揺振(さゆうようしん)

腰骨を中心にして、上半身を左右に振り子のように動かし、じょじょに小さくし、脊梁骨を地球の鉛直線に合わせ、坐相を正しく落ち着かせる。


止静鐘(しじょうしょう)

坐禅の始まる合図。参禅者の身相が整う頃、堂頭(どうちょう)が入堂して堂内を一巡し、正しい坐にあるかを点検します。これを検単(けんたん)といいます。堂頭が自分の後ろに巡ってきた時は合掌をし、通りすぎた後に法界定印にもどします。この後、鐘が三回鳴ります(止静鐘)。止静鐘が鳴るまでに、自分の坐る場所に坐っているように。


警 策(きょうさく)

心のゆるみを警めるために打ちます。睡魔におそわれたり、心が乱れた時などに自分から受ける方法と、 姿勢が悪かったり眠っていたりする人に直堂(じきどう)(堂内を監督し、警策を行ずる者)の方から入れる方法があります。

どちらの場合も、右肩を軽く打って予告されます。他所では合掌して首をやや左へ傾け右肩をあけるようにしますが、学道舎ではそのままの姿勢で受け、終わったら合掌のまま頭を下げ、もとに戻ります。

抽解鐘(一回鳴ります)

終わりの鐘が一回鳴ると終わりの合図です。合掌し低頭したのち、左右揺振します。今度は、両手の手のひらを上にして膝に置き、はじめ小さくだんだん大きく揺り動かします。身体をほぐしたのち右回りをして向きを変えます。

そして、足を解きゆっくりと静かに立ち上がります。 坐蒲を元の形に直します。直し終わったら、自分の坐っていた場所に向かって合掌し低頭(隣位問訊)し右まわりして向かいの人に合掌(対坐問訊)します。そのあと、叉手で退堂します。

経 行(きんひん)

坐禅が長時間行われる場合、堂内をゆるやかに、静かに歩行すること。坐禅中に経行鐘(きんひんしょう)が鳴ったら(二回鳴ります)、合掌し低頭し、左右揺振し、組んだ足を解き、ゆっくりと静かに立ち上がります。坐蒲を直し、自分の坐っていた場所に向かって合掌し低頭(隣位間訊)し、右回りして向かいの人に合掌し低頭(対坐問訊)します。

そのあと、叉手にして、呼吸を整え、最初の歩を右足より出します。列の前後を等間隔に保ち、堂内を右まわりに緩歩します。緩歩の方法は、一呼吸に半歩前進します。息を吸い吐く間に、足の甲の長さの半分だけ歩を進めるのです。呼吸の仕方や上体の姿勢、目や口元などは、坐禅の場合と同様です。

5分ほど歩きますと係の方の合図があります。それを聞いたら、直ちにその場に両脚を揃えて止まり、叉手を合掌に変えて低頭し、右足から、普通の歩速で進行方向に進み、自分の坐っていた場所にもどり、隣位問訊、対坐問訊したのち退堂します。


-〈注意事項〉-

時計などは外し、靴下や足袋は脱いでおくこと。

堂内を歩くときは、必ず叉手にします。

聖僧さまの前を横切ってはいけません。





坐禅の準備と心得

*坐る前の準備
特に身体のかたい方は、真向法 簡単なハタヨガ、太極拳、チベット体操などで、身体をほぐすことが有効です。
股関節を柔軟にして、楽に坐禅の姿勢が取れるようにする為には、真向法体操が有効です。
以下のYouTubeの動画が参考になります。



真向法体操

*どんな服装で坐るか

ジーパンのような窮屈なズボンなどは適さない。ユッタリしたズボンやスカートが望ましい。普通、ズボンを履くときのようにお腹の上を締めているのは良くないので緩める。できれば作務衣や着物に袴で坐るのが良い。

*どんな場所で坐るか

できるだけ静かで清潔な場所を選ぶ。風や日光が直接当たるような所は避ける。屋外でもかまわないのだが、初心の内は他者が気になるので、屋内がよい。

*明るさについて

  あまり明るすぎのは気が散ってしまい、暗すぎるのは心が沈んでしまうので良くない。古来、読書をするには、少し暗いくらいが良いとされる。昼間は、カーテンを引くなどして、夜は調光式の照明などで調節する。

*面壁か対坐か

 臨済宗は対坐であるが、曹洞宗は面壁である。達磨の証跡を見るまでもなく向上門(修行中)は本来みな面壁であったはずである。それに面壁のほうが他者が気になったり、気が散ることもなく、落ち着いて坐れる。基本的に面壁で坐るべきである。壁や襖などに向かい、目線から7、80センチくらい離れて坐る。

*食事と睡眠

  「飲食節あり」と示されているように、食事は過不足なく腹七分から八分で止め、食事の前後はさける。また睡眠も少なすぎるのも良くないし、もちろん貪るのはもっと良くない。

*坐禅の長さ、時間

 坐禅中、時間を気にしなくて良いように時計を置いておく。あるいは、あらかじめ時間で長さを決めておいた線香を立て、時間を計る。線香の香りが禅定を助けてくれるという効用もある。

*坐禅の回数と坐る時間帯

一日のうちにいつ坐るのがいいかであるが、仕事や家庭の事情で理想通りの時間を選べない人がほとんどであろう。ただ、朝の坐禅と夜の坐禅は明らかに違う。可能ならば朝晩2回、30分くらいの坐禅ができれば理想である。

 ほとんどの宗教で、夜明け前や日没の頃がもっとも神聖な時間として、祈りを捧げたり沐浴したりすることが行われているが、古来、太陽が西に傾きはじめてから地平線に没するまでの時間が、いちばん深く坐れると云われる。

 わたくしの経験からも、夜の昏鐘坐、学道舎では 6:20~7:00がいちばん良く坐れます。在家の生活ではもっとも坐禅に難しい時間ですが、一人暮らしの方などは、週に一度の休日などにこの時間帯に坐ってみることを勧めたい。

*坐蒲について

  「坐処には厚く坐物を敷き、上に蒲団を用ゆ」(普勧坐禅儀)とあるように、坐禅をするには、まず厚くて大きな座布団を敷く。なぜ厚くなければいけないかというと、薄いとどうしても早く脚が痛みやい。また痔疾に罹る恐れもなしとしない。

「痔」という漢字が、病垂に寺であることを知るべきである。古来、痔はお坊さんの持病であったようだ。 その上に、円形のクッションのような坐蒲を置く。直径30センチ以上、高さは10センチ、パンヤがしっかりと詰めてあるものを選ぶ。

臨済宗では、長い単布団と呼ぶ蒲団を折り返して使うが、バカらしいほど高価であることと、腰が沈んでしまうので勧められない。(大きな座布団が高価なため入手できない人は、できるだけ本綿入りの古い敷き布団を探し、それを二つ折りにして使う方法もある。)

坐禅の組み方

*坐禅の三要素ー身息意

 調身の法 足の組み方 手の組み方

 ー右の手を下に左の手を上にして左の足の上に、置く。「法界定印」という印相である。 熱心に坐禅すると手が崩れるが、気になるようだったら、右手の親指と人差し指で輪をつくり、そこに左手の親指を差し入れ軽く握るようにしてもよい。

姿勢

 腰をしっかりと立てる。下腹が両股の間に入り込むように。 上半身には決して力を入れず、ユッタリとしておく。 首の後ろが伸びるように、軽く顎を引く。顎が上がっているときは、視線も高くなっている場合が多い。 目は、坐禅儀にも「眼は須く常に開くべし」と示されているように、絶対に閉じてはいけない。

調息の法

 坐禅儀には、まず始めに「欠気一息せよ」と示されているように、深呼吸をする。 あとは「鼻息微かに通ず」と示されておりますように、鼻から自然な呼吸をする。

調心の法
道元禅師も「心操を整うること、もっとも難し」と云われていますように、心、意識の状態をどうしたらいいのか、という問題はもっとも難しいものです。

 思いを放ち、さまざまな想念に引き回されないこと。目に映るものにも、耳に聞こえる音にも鼻に匂う香りにも、心に浮かぶ思考にも、あるがままに。それらの一切のことを、相手にせず、邪魔にせず、ただ坐ること。

(詳細は後日に記述します)

気海丹田とは、もともと仙道の言葉。

朽木学道舎の坐禅その他の作法は、基本的には曹洞宗の作法に従います。以下の動画を参考にしてください。



曹洞宗の坐禅・座禅入門

*魔境について

  熱心に坐禅に取り組んでいる人は、坐禅中、さまざなま心境が起こります。具体的に物が見えたり、聞こえたり、恐ろしいことや、素晴らしい光景など。こうしたことは魔境と呼ばれ、驚くに値しません。

かつて学道舎に参禅した50歳くらいの女性、しっかりした高校の先生でしたが、摂心に来られ初日、5,6火主も坐ったら、もうかなりの魔境が出たようで、パニックになったというような例もあります。

坐禅の修行を続けて行く上で害があるような魔境は、自分でも良く認識できますので、いいのですが、素晴らしい境地が現出する場合、人はどうしてもそうしたものに取り憑いてしまう。独参の必要性が、こうした所にもあるわけです。

魔境に対する態度としては、どんな心境が現れても、それは心の作用であり実体はない。ですからその魔境をいっさい相手にせず、邪魔にもせず、ただ随息観なり只管打坐の工夫に徹することが最も大切なことです。

そうやって正しい工夫を相続して行くうちに、もとより虚妄なものですから、追い払おうとしなくとも、消えてなくなります。もっとも、次にはまた違う魔境が、手を替え品を替え現れてきますが。

*坐禅から出るとき 後日に記述します。

*経行(きんひん)について

坐禅から立ち上がり、手は叉手(しゃしゅ)といって右手の親指を中に折って握り、それを鳩尾の上に当て、それを左手の手のひらで覆う。腕を一文字にし、視線は自分の足から2メートルほど前方の床に自然に落とす。歩行禅であるから、随息観、只管打坐など、自分の参じている工夫に三昧で歩くことはもちろんである。

曹洞宗では、一息半歩といい、一呼吸の間に半足分すすむというユックリした歩き方であるのに対して、臨済宗ではトットと小走りに歩く。経行は静中(坐禅中)と動中(日常)をつなぐための修行である。これも一息半歩の曹洞宗の方法が優れている。

*動中の工夫について

動中の工夫
坐禅の大事と題して「せぬときの坐禅を人の知るならば なにか仏の道へだつらん」 至道無難禅師白隠禅師は「動中の工夫は、静中の工夫に勝ること千万倍す」とまで云い、日常の工夫を勧めている。ダルマの探求者には、日常の中に雑用があってはならない。普通の人の日常的な価値観ではつまらないことと思えるような、部屋の掃除であるとか、洗い物のような仕事も、動中の工夫に最適な仕事である。

 仕事でも、何の用事でも、その時にはその仕事に成り切って一所懸命につとめ、少しでも合間ができたときには、椅子に坐っていても腰を延ばして、息を吐ききり、5分でも良いから随息観をする。こうして動中の工夫を相続し、坐禅の静中と日常の動中を平行して進める。

*独参について

 独参は、師家と學人が一対一で問答商量する場である。
*独参の作法ー後日に記述します。

*読書と読経について 「古教照心」の必要性

ダルマサンガの基本経典

初期仏教から 一夜賢者経 過ぎ去れるを 追うことなかれ。 いまだ来たらざるを 念うことなかれ。 過去、そはすでに 捨てられたり。 未来、そはいまだ 到らざるなり。 されば、ただ現在するところのものを、 そのところにおいて … Continue reading

普勧坐禅儀

原(たず)ぬるに、夫(そ)れ道本円通(どうもとえんづう)、争(いか)でか修証(しゅしょう)を仮(か)らん。 宗乗(しゅうじょう)自在、何ぞ功夫(くふう)を費(ついや)さん。 況んや全体逈(はる)かに塵埃(じんない)を出( … Continue reading

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座蒲の頒布

すべらないビロード製で、脚が痛くなりにくい大きめの坐禅用座蒲のご案内

受注中断について

只今、多くのご注文を頂いているにもかかわらず、製作時間がなかなか取れないため、お届け予定を大幅に過ぎても、尚、お待ちいただいている状況となっております。

あまりにも、お待ち頂く期間が長くなってしまっている為、こちらの都合で申し訳ありませんが、一時、受注を中断させて頂きたく存じます。
再開の目処が立ちましたら、このページにてお知らせ致します。
何卒、宜しくお願い申し上げます。


座蒲

學道舎の座蒲



道元禅師は、普勧坐禅儀のなかで「尋常(よのつね)坐処(ざしょ)には厚く坐物(ざもつ)を敷き、上に蒲団を用う」と言われております。

坐物とは大きくて厚い座布団のこと。

蒲団は坐禅の際にお尻の下に敷く、現代では座蒲と呼ばれる丸い円座のことです。

 

曹洞宗の専門僧堂では、この座蒲を用いておりますが、臨済宗では「単蒲団」という座布団を折り返した上にお尻を置いて坐禅します。

言うまでもなく、この丸い座蒲のほうが、安定して坐禅することができます。これは大変重要な坐禅の道具であり、いちばん肝心なものです。

「坐禅は安楽の法門なり」と云われますように、決して苦行ではありません。在家の方が自宅で坐るにしても、この座蒲がとても大切です。

最近では、ネット通販でも手に入るようになりましたが、なかなか良いものが無いようです。その多くは中綿が化繊のために、すぐにヘタり、高さが足りなくなります。

また、何よりも生地が綿布で滑りやすく、坐禅中にお尻がズリ落ちるようになり、無自覚の内にそれを防ごうと余計な力が入り、結果として、腰を痛めるということになりがちです。

ダルマサンガでは、正しい坐禅の普及と學道舎の運営資金の一助にと、高品質の手作りの座蒲をお頒けしております。

 

ダルマサンガ特製座蒲の特徴

 
  • 天然素材にこだわり、中綿にはパンヤを一つにつき1キロ以上使用しています。
  • 表地は起毛された綿100%ビロード製のため、お尻が滑らずに長時間快適に坐ることができます。
  • 臀部だけではなく大腿部の後部まで支える大きさがあり、身体が安定します。
  • しっかりとした二重縫いのため大変丈夫で長持ちします。(一重と二重では、縫製にかかる時間が)全く違います。
  • 名前を入れる白い布は、麻布を使っています。
朽木と大多喜それぞれの學道舎を手伝って下さっている女性参禅者が、接心での調理や畑仕事の合間、自らも坐禅しながら、使われる方の坐禅修行のため、心を込めて一つ一つ、丁寧に製作している座蒲です。

接心や畑仕事などで忙しい時は、作業することはできません。注文を頂きましても、すぐにお渡しすることは不可能です。それでも、本物の座蒲を手に入れたいという方のみ、御注文ください。

これまでの御注文からは、最初に他で購入された座蒲の買い替えの方が多くおられます。また、しばしば二個目の御注文を頂きますが、「素晴らしい坐蒲ですので、何ヶ月掛かっても宜しいので送って下さい。それだけの値打ちが有ります。楽しみに待っております。」等、お褒めの声を頂いております。

良い座蒲は、一生ものです。「安物買いの銭失い」にならないように、最初からシッカリとした良い座蒲を買われることをお勧めします。何よりも、ダルマサンガの座蒲は、法縁によって購入して頂きたいと念願しております。

 

標準のMサイズ(直径約33cm、高さ約20cm)に加え、このたび一回り大きなLサイズ(直径約35cm、高さ約22cm)も始めました。身長の高い方、大柄の方にはこちらをお勧めいたします。

どちらのサイズも、ネームの脇からパンヤを取り出し、高さを調節することが可能です。
  • 良い座蒲を使えば身体が安定し、正しい坐禅が組める。
  • 良い座蒲は身体になじみ、長時間の坐禅でも脚が痛くなりにくい。
坐禅用座蒲

価格
  • :Mサイズ 6,800円
  • :Lサイズ  7,800円 (いずれも税込み)
配送方法と送料
  • ゆうパック
  • 送料着払いにて発送いたします
  • ゆうパック送料はこちらでご確認下さい。
    滋賀県か千葉県からの発送です。
    ゆうパック送料一覧表での発送サイズ(1個)は、Mサイズ、Lサイズいずれも100になります。
支払い方法郵便振替(ゆうちょ銀行)のみ

ご注文は下記↓の緑色のボタンをクリックし、注文フォームよりお申し込みください。


只今、多くのご注文を頂いているにもかかわらず、製作時間がなかなか取れないため、お届け予定を大幅に過ぎても、尚、お待ちいただいている状況となっております。

あまりにも、お待ち頂く期間が長くなってしまっている為、こちらの都合で申し訳ありませんが、一時、受注を中断させて頂きたく存じます。
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クリックしてください(ご注文の際はクリック) (座蒲申込をコメント欄に書き込まないで下さい)

ご注文確認のメールにて振込先等をお知らせいたします。

購入者の声から

*お世話になっております。本日、座蒲を無事受け取ることができました。

想像以上にパンパンにパンヤが詰まっていて、驚いたと同時に良い物を譲っていただいたと感謝しております。まさしく一生モノとして大切に使わせていただきます。ありがとうございました。(愛知県 男性)

*座蒲をお送りいただきましてありがとうございました。

早速、使用してみたのですが、非常に座りやすく大変満足しております。

これまで、2つほど購入してみたのですが、いずれも厚みが薄く、

長時間座るには違和感を感じておりました。

これからも長く使用していこうと思います。ありがとうございました。(東京都 男性)

*厳暑中 お見舞い申し上げます。

先生が主宰されている學道舎のことは、以前、坐禅堂のことを調べておりましたら、ホームページを発見し知りました。時々拝見しております。

この度、座蒲を御依頼しました処、大変良いものを御紹介頂き有難く存じます。昨今は、大体坐禅の経験が乏しい方が作られるのか、中々良い物がありません。寡人は、兵庫県の田舎の小さなお寺をお預かりしています。(曹洞宗に所属)弊師には、永平寺に上山することを勧められましたが、敢えて地方の某僧堂で安居しました。そこで見つけた座蒲が、今回のものと同様のもので、大変愛用しておりましたが、常什物でしたので、持ち帰ることはできませんでした。(兵庫県 男性)

*昨日、無事に座蒲が届きました。どうもありがとうございます。

背の低い私は、少しパンヤの量を減らして使用させて頂きました。

しっかりと上体を支えてもらえるので、集中しやすかったです。

日々、大事に使いたいと思います。

有難うございました。  (岐阜県 女性)

*過日は接心でお世話になりました。
やはり座蒲は重要です。分厚すぎるくらいがちょうどいいです。(使うにつれてどうしてもへたってきますから)

呼吸もよく通ります。それに高さがあると普段より長い時間の坐禅ができるように感じます。
既にネット販売で購入した座蒲を持っていましたが、やはり高さが足りない(17 cm)し、すぐに潰れるし

(本当にパンヤ100%?)、生地が滑りやすい(木綿)ので、組んだ脚がすぐ痛くなって困っていました。
その点、朽木學道舎の座蒲は、高さ、厚みの持ち具合、生地の具合も持っていた物に比べると断然良いです。

*これからもこの座蒲を使って坐禅修行に励みたいと思います。(京都府 50代男性)

*昨日26日、かわいい包装紙に包まれて、座蒲が着きました。

使ってみたら、前にできなかった脚が組めるようになり本当にシーアワセ、、、です。
フランスの禅道場で三日間参座した際背中の痛みが無くなったので、この座蒲を常用すれば今後モリモリ元気になれるような気がしております。今後も良い製品を提供していただけますよう願っております。

*有難うございました。(フランス 女性)

本日、座蒲が無事に届きました。

Amazonで買うかどうかを悩んだすえ、こちらで購入させていただいたのですが、手にした瞬間に、これを買って正解だったと思いました。

しっかりとした作りで、これなら身長のある私でも、体を安定させて座れそうです。

ありがとうございました。(大阪府 男性)

*5月26日、注文品の「座蒲」を受領しました。しっかりとした座蒲で、大事に使用したいと思います。

あとはこの座蒲に負けないように、坐禅に励まねばと気を引き締められる思いです。

ありがとうございました。 合掌(東京都 男性)

*今日やっと受け取ることができました。たいへんいい感じで気に入りました。集中して座れそうです。
ありがとうございました。(福岡市 男性)

*昨晩無事届きました。ありがとうございます。
今朝坐りました。まことに具合がよく気分は独坐大雄峰。

今まで座布団を2枚それぞれ二つ折りにして重ねて使っておりましたので、大きすぎるとも高すぎるとも感じません。坐り初めに滑ることもずれることもなく、簡単に坐禅に入れますが、硬さと、円形にやや戸惑ってます。座蒲を意識しないで座れるように早くなりたい。
ありがとうございます。(愛知県 男性 58歳 会社員)

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質疑応答

質問1 朽木學道舎とはどんな場所ですか。

答え 基本的には禅堂です。

ダルマそのものには出家も在家もありませんが、主として一般の方が本格的に坐禅を実践できるような場として開かれました。坐禅をして精神的な安定を得るというだけなら、どこでもいいわけです。

しかしそれではヨーガがいつの間にか健康や美容のためのものになってしまったと同じように、禅も単なる精神安定剤の代わりになってしまいます。

いまでは宗門の専門僧堂も、そのほとんどが寺院の後継者養成を目的とした、僧になるための修行の場所ですね。

それが良いのか悪いのかあげつらうつもりはありませんが、禅の本来の目的は人間が真の自己に目覚めることによって実存的な苦悩から解放されることです。

朽木學道舎はそのことのみを目的としている場所です。ですからここには難しい細かい規則はありません。ダルマを探究しようとする本人の主体性こそが大切です。

質問2 ではなぜ禅センターとか、朽木禅堂とかの名称にしないのですか。

答え 最初にズバリと言いますが、もともと禅などというものはありません。

現代においてはあたかも禅という何か特別な修行をして、禅に特有な結果がもたらされるというような解釈が一般的ですね。

日本で禅の修行をした外国の方がよく日本の禅は禅臭さ過ぎると言いますが、それに気付くということは大事なことです。禅の本質を理解し始めた証拠ですから。

禅だけではなく、仏教とは自分自身とこの宇宙の存在の本質に目覚めることです。

それは何か新たに獲得されるものではないのです。

わたしたちは日常としてその本質を生きているのですが、自我が自分の存在のすべてであるという思い込みよって、それを自覚することができないのです。

チベット仏教の喩えを借りれば、自我とはもともと青空のように広大な意識の中にできた瘡蓋のようなものです。坐禅をすることでその瘡蓋は自然に脱落して、本来の自分に帰るのです。

われわれの身体を構成している物質が、この宇宙ができたときの物質と同じものであることは、今では子供でも知っている訳ですが、身体が宇宙的なものであるように、意識もまた宇宙より小さいということはないのです。

禅が何か特別なものであるというように誤解されている日本の現状を踏まえて、あえて禅という言葉を使わずに朽木學道舎と命名しました。

さらに言えば、自己を探究することがいままでのように個のなかに閉じられていてはならないのです。

道は歩く人が多くなって初めて道たり得るのです。ですから活動案内にありますように、ダルマを中心として環境や教育の問題を考えるワークショップや研究会なども行うのもそのためです。

質問3 舎主もお坊さんではなく在家のようですが、それも何か理由があるのでしょうか。

答え まず、わたくしはダルマを探究すべく修行してまいりましたが、お坊さんになるための修行はしておりませんし、関心もなかったということです。

現代の日本の社会では出家と言えば、まず何宗のお坊さんかということが問題になりますが、それは仏教の本質には何ら関係のないことです。

日本の仏教は様々な宗派に分裂しているばかりでなく、お坊さんの多くも葬式や法事をその中心的な仕事としているのが現状です。

そうしたことも大切なことですし、別に批判すべきことではないのです。

日本の社会がそれ以外のことを仏教に求めてこなかった結果ですから。 しかし、そうした状況のなかで、自己に目覚めるための実践の場としては、いわゆる既成仏教とは直接的な関係を持たない在家の立場の方が純粋であり得るわけです。

質問4 それでは、いわゆる新興宗教の一つと考えていいのでしょうか。

答え そうではありません。

わたくし自身は曹洞宗や臨済宗の禅堂で坐ってきましたし、インドの日蓮宗寺院でお題目さえ唱えたことがあります。

そのなかで曹洞宗の老師に指導を仰ぎました。もっともその老師も宗派の枠からは自由な方で公案も使いました。

そうした意味で、朽木學道舎は禅の伝統に深く根ざしているわけです。

禅の修行の段階を十枚の絵によって表現した「十牛図」というものがありますが、修行を終えて街に出ていく最後の段階を説明する文章の中に「前賢の途轍に背き」とあります。

ダルマは人が手を付けられるようなものではありませんが、それを伝えようとする社会や人間は、時代とともに変化するものです。

敢えて先人の歩んだ道に背くということが必要になるのです。そのようにして禅は創造的な生命力を保ってきたのです。

禅を学問的に研究したり文化的に取り扱うことも、それはそれで大切なことでしょうが、しかしそれだけではいつも過去に向き合っているばかりで、未来を創造して行く力にはなり得ません。

禅が単なる物好きの趣味や飯の種にしか過ぎないものであるのならば、それで仕方ありません。

しかし、今日の環境破壊や教育の荒廃、人間の自己喪失などが進行する状況のなかでそうであってはならないのです。存在の事実に目覚めることによって、新たなる人間観や世界観を構築しなければなりません。

真に禅を生きた祖師はこう言っております。「宇宙すべてが、自己の身体である」と。

ですから朽木學道舎は新興宗教などとはもっとも遠いものです。

むしろ在家仏教徒の革命運動であった大乗仏教の原像に近いものであり、禅がたくまし生命力を持っていた中国唐代の、薬山や趙州の禅堂のような存在でありたいと念願しているのです。

質問5 坐禅とはそれほどのものなのでしょうか。いったいどれくらい坐ったら、いわゆる悟りを開けるのでしょうか。

答え わたくしがお世話になった老師があるとき独参の場で「お釈迦さまだって本当のことを言ったかどうか分からんじゃないか」と言われたことがあります。

仏教の原点が釈尊の菩提樹の下での坐禅と暁の明星を機縁としての目覚め、その結果としての智慧の開発であることは何人も認めざるを得ないでしょう。

何も坐るだけが坐禅ではありません。歩くことも仕事をすることも坐禅です。しかし地球の鉛直線に脊梁骨を合わせて、呼吸と意識を整え坐るというのが坐禅の基本であるのは言うまでもありません。

この単純な行為がいかに素晴らしいものであるかは、経験したものにしかわかりません。

白隠禅師も「坐禅和讃」のなかで「それ摩訶衍の禅定は賞嘆するに余りあり、布施や持戒諸波羅蜜 念仏懺悔修行等 その品多き諸善行 皆この中に帰するなり」と言っておられますが、それが決して大袈裟なことではないことが分かります。ただ真の指導者のもとで、無理のない正しい坐禅をすることが大切です。

どれくらい坐禅すればという質問ですが、それは自我という瘡蓋が個性によって違うように、あまり意味のある質問ではありません。

しかし何度も申し上げているように、誰でも本質的にはダルマそのものです。柿が秋に熟して、自然に枝から離れて落ちるように、正しい坐禅を相続して行けば、必ず本来の自己に帰り着きます。他にどこにも行きようがないのです。

わたくしも諸方に参禅したおりに、自己に目覚めることなど必要ないかのように、ただいたずらに長時間の坐禅をするだけであったり、あるいは見性を急ぐあまり、青い柿を無理矢理もぎ取るようなことも見聞してまいりましたが、ほんとうに必要なことは、熟すまで持続するということです。

それには正しい指導者に参禅し、ダルマについて聞くことが必須です。指導者がいなければ、天才でもないかぎりこの道を正しく歩むことはできません。そうでなければ、止めておいたほうが無難です。

見性、悟りということは確かに必要なことです。しかし、それは本来の自己に目覚めることであって、何も特別の人間になったり、超能力を獲得することではありません。

目覚めた後には必要ないことです。例えば病気の人が薬を飲んで健康を取り戻したとします。健康な人に薬はいらないばかりか、害毒にさえなります。健康な人は、自分が健康であることを意識しません。

こうしたことは、それを経験した者にしかわかりません。難しいのは悟りを開くことより、むしろそれを忘れることです。

誰でもようやく達成した結果にしがみつくのは人情ですが、その間違いを指摘してくれる人は容易にはおりません。

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ダルマサンガとは

※ 朽木學道舎は、平成25年春の大多喜學道舎開単にともない、全体の名称を「ダルマサンガ」に変更し、滋賀県朽木、千葉県大多喜の2ヶ所の學道舎の体制に移行します。zendo

ダルマサンガとは、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた小さな学校です。

音が音楽から離れることができないように、個人も宇宙もほんらいダルマそのものであり、その本質は同一です。つまり、この宇宙のなかのすべてのものは、それぞれミクロコスモスであり、マクロコスモスとしての宇宙を完全に反映しているのです。その意味で人間のみならず、あらゆるものはそれぞれ宇宙の中心なのです。

これはなにか非日常的な世界の中に逃避するような特殊な経験ではなく、あるがままの自己を経験すること。自我とは別の意味で、宇宙の中心としての自己を生きることにほかなりません。

ゴータマ・ブッダは、その最後の説法に「自らの力で救いの道を切り開きなさい。他人に頼ってはいけません」という言葉を残されたと伝えられております。ダルマに目覚めるということは、特定の宗教指導者や教えに盲目的に隷属するようなことからは、もっとも遠いものです。

ダルマサンガは、東洋の優れた精神の伝統である禪に深く根ざしており、多大な恩恵を蒙ってはおりますが、いかなる特定の宗派や教団に所属するものではありません。またいかなる団体や組織を構成するものでもありません。なぜならダルマは、なにか特定の宗派や哲学ではありませんし、また一つの文化や時代、地域、民族などに依存するものでもないからです。

共に道を學ぶ仲間の友愛によって「サンガ」が形成されるのはもちろんですが、精神の自由を希求する人々が集い、真の自己に目覚めるために坐禪や作務、山歩きなどの実践を共にし、行事が終ればそれぞれの場に帰って行く、そうした開かれた空間です。

洪水のような情報の氾濫と物質主義のなか、精神の貧困化と奴隷化による人間の自己喪失は進行し、大地や、水、空気といった自らの生命の基盤さえわれわれは破壊するに至っております。いま最も必要とされることは、一人でも多くの方が自己自身の存在の事実、この宇宙のなかのすべてのものは本来一体であり、相互に依存し合って存在しているという真理に目覚めることです。

社会がひとりひとりの個人から構成されている以上、個人の内面的な成長をとうしてしか、より良い社会が生まれることは有り得ません。世界をほんとうに変えるための、ただ一つの現実的な場所は個人であり、すべてそこから出発する必要があります。このささやかなサンガに集うすべての人が、内なる叡知に目覚め、真の自由と平和を生きられますように、どんなに願うかわかりません。合 掌

ダルマサンガ 師家    飯高転石  九拝

 

 

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