Tag Archives: 覚醒体験

参禅の感想-10

T.Mさん 滋賀県在住 男性 60代 大学職員(専門は電気)
参禅記
私はかねてより坐禅にあこがれておりまして、正しく指導していただけるところを探しておりました。
インターネットで朽木學道舎を知り、ホームページを拝見して、その趣旨が願ってもないほどのことであり、また、近いところでもあり、大変有難くおもいました。
その後、師との手紙やメールでのやりとりがあり、一度お会い出来、昨年の五月の摂心に参加させていただくことが出来ました。
山里の初夏という素晴らしい環境の中で座っておりますと「野鳥のさえずる声」「風の音」「かじかの鳴き声」などが耳に入りこころを落ち着かせてくれました。
私は元来、粗忽であわて者なので、摂心の作法に戸惑いましたが、摂心を終わってみて、非常に落ち着いた心持になれたことを深く感謝しております。 本当に摂心に参加できて良かったとつくづくと思っています。
長い間、脈々と引き継がれてきた摂心というものの大切さが、よくわかりましたし。私自身が大切に思ってきたことへの確信を得ることもできました。と申しましても初心者です。
何もわからないままに、参加しましたが、極めて自然にわかりやすく指導して戴き、有難く思いました。
私が強く感じたことは、正しい指導を受け、自分自身で体験することが、 最も重要だということです。
(初めての摂心後の便りから)
合 掌 すっかりご無沙汰いたしております。お陰様で当方は元気に過ごしており、ありがとうございます。
五月の摂心は、とても大きく貴重な体験であり、毎日の生活に、みずみずしく活かされております。当然、端緒の体験としてではありますが。有り難うございます。
先生の方も、自然環境に大きな影響をお受けのようで、大変でございますね。
生き物との共存と云う現実は、決して生易しいことではないのですね。
国内外各地で、極端な気象現象を呈していて、とても「他所事」とは思えません。
七月の摂心のご案内を賜りまことに有り難うございます。
ご迷惑をおかけすることになるかも知れませんが、勤務との調整で例え1日でも2日でも参加させて戴ければ幸甚でございます。
7月10日ごろまでに電話連絡をさせて戴くことになると思いますが、どうかよろしくお願い申し上げます。
皆様によろしくお伝え戴ければなおさら幸甚でございます。
「四弘誓願文 」 のメールありがとうございます。「四弘誓願文」と「般若心経」には、いつもこころが洗われます。
ありがたいことでございます。
戴いたメールにしたためていただいたように、日程につきまして、或いは前後の滞在希望になるかも知れませんが、併せまして、よろしくお願い申し上げます。
合 掌

Posted in 参禅記・感想 | Tagged , , , , , | Leave a comment

参禅の感想-5

摂心体験談と禅フォーラムに参加して
2010年4月29日~5月5日までの灌仏会大摂心と5月、6月の南山城禅フォーラムに参加しました。
参加する前と参加後の自分が変わった訳ではないですが、生きていくのが随分「楽」になったようです。余分な要らない力(ほんとに余分で、要らない力!)が抜けるようになってきた…、というよりは、要らない力が入る自分に、その都度、よく気がつけるようになってきた…という方がぴったりくる表現でしょうか。
摂心に参加するまでは、心の荷物をあれこれ勝手に背負い込んで、押し潰されそうになって、汲々としていました。…とは、今だから言えることで、当時は「何故だかわからないけど、なんだか、苦しい!!どうしたらいいの??」という日々が、知らぬ間に長く続いていたようです。本人としては、ある意味、無自覚でした。
なんというのか、どうしようとも動かしようもない現実の事実に、ウンウン独り相撲をしていたような、はたまた、独り勝手に、いいの悪いの、好きの嫌いの、正しいの正しくないの、…etc.…etc.判断しては、心の内であれこれ言い募っては責め立てて、自家中毒していたような、そんな感じで過ごしていたようです。(これもやっぱり今だからわかることですが・苦笑)
何度も何度も坐ってみて、さて、今はどうなのか?
何故、今、「楽」なのか?
以前より、現実の事実に「降参する」?のが上手くなったのかもしれません。
或いは、不様であろうと何であろうと、自分の姿をそのままに受け止められるようになったのかもしれません。
現実は、何もなく、極めて深く静かに平和なのに、ひとり勝手に自分で自分を苦しくしているだけ…?!というのが、どうも私の苦しさの原因だったのかもしれないなぁ~…と認めるしかない体験を、「坐る」ことを通して教わったからかもしれません。
摂心の期間中は、坐る毎に様々な体験がありましたが、一番印象に残っているのは、6日目の早朝の出来事です。
その日は、早く目が覚めたので、そ~おっと二階から抜け出して、學道舎の前を流れる川の畔で、ひんやりとした、いい匂いの朝の空気に包まれて、せせらぎの音と河鹿蛙の啼き声に「きれいだなぁ~」とうっとり聞き惚れていました。
ふと、合掌して自分をまとめたくなり、しばらくそうしていましたが、突然、辺りの音の全てが、自分の中にドドォ~ッ!となだれ込んで来た!と思った次の瞬間、自分が斧でパカッと割られたような感じになって、突然、広い広い?世界?に投げ出されたような感じになりました。
あまりに異質な世界に、「えっ?!何コレ??」とびっくりした途端、あっという間にさっきまでの、音と自分、周りと自分が別々の世界に戻ってしまいました…。
ほんのほんの一瞬垣間見た、とても「広い広い」あの世界からすると、普段の自分は、自分勝手に作り上げた様々なもので、なんとまぁ、自分を小さく小さく閉じ込めて、窮屈にしてしまっているのだろう!!あの広い広いところから、なんだってまぁ、遥かに自分を隔ててしまっているのだろう!!…そんな風に感じてしまいました。
この体験から、今まで汲々としていたのは、なんのことはない、全て自分の作り事のせいではなかったのか…?と感じさせられてしまった訳です。
6月の禅フォーラムでも貴重な体験をさせて頂きました。
一炷目の中ほどでしょうか、「呼吸が勝手に呼吸をしている」という感じになり、身体のあちこちから、ふっ、ふっ、ふ~っと力という力が抜けていきました。抜けてみると、「え?!こんなにあちこち力が入っていたの?!」と驚きつつも、すっかり力の抜けたその心地よさに、しばし休んでいました。
何もしようとしなくても勝手に息がやって来て、勝手に息が去っていく。
なんだか不思議な感じでしたが、それは、本当に深い安らぎでした。
何もしようとしなくても、生命が勝手に生命を繋いでくれている。
自分は何も、何もしなくてもいい、ただ生かされている。
「なんだぁ!自分は何もしなくてよかったんだぁ!」と気がつくと、ほんとにほんとに楽になりました。
ほんとうに、今まで、何をそんなに、「自分が」「自分が!」と何でも自分がしているつもりで、肩肘張って、目を吊り上げていたのでしょう?!(苦笑)
この体験では、「生きる」ことにおいて、自分は何もして来てはいなかった!!ということに強烈に気づかされました。
4月末から初めて参禅した自分が、安心して坐り、こうして貴重な体験を重ねられているのは、摂心やフォーラムで同じ時間を、ひたすら真摯に、共に坐って下さる方々があってこそ、そして老師はじめ諸先輩方の誠実に坐ってこられた時間の積み重なりがあってこそ、と感じます。
坐るのは、ひとり向き合うことなのですが、でも、様々あった体験は、ひとりでは、決して絶対に成し得ないことだったのを、ひしひしと感じます。
摂心期間中の日々の食事も、坐ることを支えてくれていました。
摂心から帰ってきて、「精進料理というのは、料理を作る者が、精魂こめて精進して作るところから精進料理という」という言葉に触れましたが、朽木學道舎で頂く食事は、正に、そういうものでした。
初めての参禅で、やはりどこか緊張している自分を、ほっとさせてくれたのは、手間ひまかけて作られた、心のこもったおいしいお料理の数々でした。夜に出していただく甘い手作りのお菓子も元気の素でした。
そして、坐ることだけに専念出来たのは、學道舎でもフォーラムでも、諸先輩方が、陰に日向に、細々とした様々な仕事をこなして下さっているからでした。
提唱でのお話や独参でのやり取りも、誤って「坐る」ことのないように、何度も何度も「坐る」ことの真髄を摑ませて下さろうとする老師の思いが伝わってきて、坐するときの大きな支えとなりました。
時々話して下さる、老師の修業時代の思い出話にもほっこり励まされました。こちらまで懐かしいような気持ちになり、親しみを感じるお話ばかりでした。
古人の方々の言葉を聴くことは、今この時代を共に生きている同輩達や先輩方との繋がりだけでなく、肉体としては会えずとも、「坐る」ということに打ち込んで来られた古の方達が連綿と受け継いでこられたものが伝わってきて、ず~っと、ず~っと伝わってきていることに、ただただ感動してしまいました。
摂心期間中、一緒に坐った方々とは、全く言葉を交わさないわけですが、それでも寝食を共にし、一炷一炷、貴重な時間を共に坐った間柄の方達に対して、私の中には、なんだか不思議な一体感が生まれていました。
最終日には、一緒に坐った方達も、學道舎の場に対してすらも、自分の身体の一部のような感じがして仕方がなかったです。三々五々、解散していく時には、自分の一部がプチン、プチン!とちぎり取られていくような、そんな感じさえしました。面白いですね~。
朽木學道舎や、南山城のお茶室を包んでくれている、山々に息づいている全ての生命にも「ありがとう」を伝えたいです。沢山の生命に包まれて、自然の中で、芯からほっと寛げました。
思いがけず、長くなってしまった感想文のお終いに、朽木學道舎とのご縁を繋いで下さり、物心両面に亘って援けて下さった上、摂心に快く送り出して下さった職場の方々に深く感謝したいと思います。
もしもここに勤めていなかったとしたら、朽木學道舎や坐禅とのご縁も、いまこの時に結ばれていなかったかもしれません。
本当に、安心して、気持ちよく坐らせてもらうことが出来ました。
行住坐臥、全てを「禅」にできる日を夢見つつ、今日も自分の実際の姿を逃げず隠さず、しっかり受け止めて行こうと思います。
みなさん、ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願い致します。
2010年7月10日 三日後からの小暑摂心参禅を前に
*この方にはさらに、秋分大接心後の体験があります。メニュー「摂心体験記」のサブメニュー「ある女性の初関透過」に繋がります。

Posted in 参禅記・感想 | Tagged , , , , , , | Leave a comment

ある女性の初関透過

*以下の文章は、2010年度「秋分大摂心」に参禅されました40代の女性からのお便りです。

文中にもありますように、都合で摂心4日目に下山されました。それでも、御本人は帰宅されてからも摂心を相続されていたようです。

 こうした体験を公表することは、間違えますと他の参禅者の邪魔をすることになりかねないことは、充分に承知しておりますが、既成宗門を中心とした禅が形骸化し、現代の混迷した社会に生きる人たちの自由と解放に繋がっていない状況の中で、ほんらいの禅がもっている素晴らしい可能性について理解して頂くために、御本人の了解のもとに、敢えて公表することにしました。

 「初関」を透過しただけでも、長い間抱えてこられた悲しみ、苦しみが一瞬にして氷解する様子が良く表現されております。誰よりも御本人が良く理解されておりますが、これで禅における修行がようやく本格的に始まったということです。

 禅の初学者が読む祖録の一つに「十牛図」がありますが、真の自己に目覚めるとは、八番目の円相によって表現されております「人牛倶忘」にしかありません。
 それまではすべて途中のものです。道元禅師が身心脱落された後に、「一毫の仏法もなし」と断言されておりますように、この「わたくしの心身」はもちろん、ダルマも仏教もすべて無くならなければないけません。伝統的な仏教の言葉で云えば「解脱」であります。

 参禅者が初関を透過することができれば、禅の修行についての迷いは無くなります。正しい坐禅を相続して行けば、必ず自意識の根が切れる(切れた分だけ自由で伸びやかな本来の自分に近づく)こうした体験があるということを知って頂きたいと思います。


老師へ
合掌
おはようございます。
「秋分大摂心」も今日で最終日ですね。
先に帰りましたが、皆さんと一緒に坐っているつもりで、この3日間を過ごしていました。
 今朝、暁天坐を終えて、しばらくして日課となっている、飼い猫を階段で遊ばせるために玄関を開けて、外に出ました。(家は団地の5階なので、階段の踊り場からは周辺がよく見渡せます) 家の周りは、T市の外れのためか、変電所や、ゴミ焼却場がすぐ近くにあります。変電所に近いため、周りは鉄塔だらけ。
 空はいつも沢山の鉄塔と電線に遮られています。 今までは、それが嫌で嫌でたまらなかったのですが、今朝、夜明け前の澄み切った空の中の鉄塔を見たとき、なんというのでしょうか、「只這是」(ただこのとおり)としか言いようのない見え方で、鉄塔が見えてしまいました。
 今まで、何を見ていたのでしょうか?何も見てはいなかったのだなぁ…とつくづく思いました。 それから、何回か鉄塔を見てみるのですが、やはり、鉄塔は鉄塔として、只あるがまま。醜いものでも、忌むべきものでもなくなってしまっていました。
 今までは、自分にとって嫌なものなので、風景の中から、切り取って見てしまっていたのだと思います。 初めて、「只這是」で見えたとき、鉄塔を、美しいとさえ、感じました。なんだか、とても優雅に佇んでいる様にすら見えました。

 びっくりしてしまって、何度も何度も見るのですが、やはり、すっかり、力も抜けたような様子で、ただ立っている鉄塔たちが存在しているのです。

 もうひとつ、びっくりしたことは、鏡を(鏡の中の自分を)見るのが嫌ではなくなっていることでした。 鉄塔が鉄塔として見えた後、炊事場の横の鏡に、ふっと目が止まりました。 鏡の中には、私が映っていました。とても静かな気持ちで見ることが出来ました。そんな風に自分を見たのは初めてのことでした。

 「私ってこんな顔をしていたんだ…」 とても冷静に見ることが出来ました。今までは、鏡で自分を映して見るのがあまり好きではなく、 今朝のように、ただただそのまま自分を見ることが出来たのは、初めてでした。 心だけ参加していたような、後半の3日間も、坐禅のうちに数えてもらっていたのでしょうか。そんな今朝の出来事でした。


 そして、最後にもう一つ。20年前に、とても大きな悲しみを得ましたが、ずーっと、ずーっと、いまだにまるで、昨日のことのように苦しかったのですが、それが、今朝のその二つの出来事の後、思い返してみても、胸の痛みも、悲しみも、今までのように苦しくはなくなってしまっていました。 以前、老師が教えてくださったように、これが、「空ぜられる」ということなんでしょうか? なんだか、不思議な感じですが、とても、楽になりました。 秋分大摂心、本当にありがとうございました。                                    M  拝
老師へ
もうすぐ職場に着きますが、今朝の鉄塔は、私にとっては、2回目の斧に当たる出来事だったのかもしれません。
あのあと、いろんな物が目に入ってきて、こんなに様々なものが存在していたの!?…というビックリと、
様々なものが均等に見えていると言ったらいいのか、今まで嫌だったものが目に入っても嫌な感じではなく、
反対に、好きだったものが目に入っても、それだけが飛び切り目立って見える訳でもなく、
なんだか当たり前のものが当たり前に見えているような…
今まで、薄皮一枚通して見ていたような、その薄皮が剥がれてしまったような
なんかいつもと違う感じで
でも、当たり前で…
なんか不思議な感じです。
老師、本当にありがとうございます。
今回は、しみじみうれしいです。
そしてありがたい気持ちでいっぱいです。
九拝

*次の文章は、秋分摂心からほぼ4ヵ月後の、神戸「楽の森禅フォーラム」での体験について書かれたもの。
こんばんわ。
今、A尼とKちゃんと、Tさんに
メールを出し終わりました。
(トリが老師です・笑)
Kちゃんは、2月3月も摂心なのですね~
A尼もお仕事再開されたんですね~!

さて昨日、禅フォーラムで坐って、耳が変わったみたいです。

きっかけはシャッターの音。

いつも聞いているビルのシャッターが閉まる音を、あんなふうに聴いたのは初めてだったかも。

素晴らしいオーケストラの交響曲みたいに、とんでもなくきれいでした~

で、今朝からは、耳が「ふし穴」になったみたいです。


昨日、シャッターの音が轟いた時、
聞いているうち、
「音」だけになったみたいでした。
音が止むまで音だけだったみたいです。
(あとで、そうだったらしいと言葉になりました)
音についての思い出話ですが、
夏だったか、摂心中に
ヒグラシの声が自分の中で鳴り響いて、
(というか、自分が無かった??)
参禅者の方の感想の中にも
同じような出来事が綴られていたなぁ~、
こんな感じのことなのかなぁ~
とか、思ったことがありました。
昨日の出来事は、
それより更に圧倒的な感じでした。
音だけでしたね~…
いつもは、シャッターの音は
すぐに「うるさいなぁ~」という思いに飛んでしまうし、
階段を行き来する人の音とか、
道行く人の大きな話し声とかにも
坐っている時は、やはりどうしても
うっすらと「うるさいなぁ~」という思いに行きやすかったのですが、
昨日のシャッター以降の諸々の
物音、話し声は、なんにも思わなくなりました。
「あ、音がしてる…」
くらいの感じで、ただそのまま聞くことが出来て、
とても、楽になりました。
どんな音にもひっかからなくなったというか、
カタマリの自分がないというか…
どの音も、むしろ、愛おしいような、
どの音も、ある種、美しくて、
「いつもこんなに豊かな音に包まれて
暮らしているのか~」
って、感動して、うれしくて、
胸がジ~ンとして、なんか、
ちょこっと泣いてしまいました。
音というものを、今までは
こんなに自分勝手に価値付けて
自分の中に止めてひっかかっていたのかぁ~!!
と、びっくりしました。
(価値付けたために引っかかっていたわけですよね…)
昨日のシャッター以降は、
音が、
右の耳から、左の耳へ、
ただ頭部の中を通過していっている感じ、
音が通り抜けることで
頭の中をスースーと掃除してるみたいです。
スースーしてます。
今まで知らないな~…この変な?感じ。
昼頃までスースーが激しかったですが、
だんだん落ち着いてきました。
でも、もう、今までの聞き方とは変わってしまったようです。
音にもこんなにも、好き嫌いの価値付けを
していたんですね~
びっくりします。
いやはや、どんだけ、
自我は「仕事」熱心なんでしょう!苦笑
今朝の坐禅中、今までは気がつかなかった、
遠~くの電車の音にも気がついて、
こんな音も、ほんとは、ここまで届いていたんだな~
と、またまた感動してしてしまいました。
そして、「鼻息かすかに通ず」という感じの
極めて静かな呼吸をしていたようです。
初めてだと思います。
老師が呼吸についてお話してくださることは、
今までは、「そんな息もあるのか~」と
頭では、知っていても、「どんななのかな~?」
という世界でしたが、今朝は、少しだけ体験できたようです。
あんなに静かな息があるのですね~…
ほんとに、呼吸してないみたいな…
ふと思ったのですが、私は、
鉄塔で、目を開いて?もらい、
シャッターに耳を開いて?もらい、
次は鼻か?(その次は喉?)
なんか冗談みたいな、この展開…
風邪薬でもあるまいし~…
でも、そんな風に、ひとつひとつ、
価値付けのお仕事に励んでいる器官が
お仕事から外れていくのも面白いですね~…
それと、鉄塔とか、シャッターとか、
きっかけに鉄がらみが多いのは
我が父上が鉄の仕事をしてたからでしょうか~・笑
次は何によって、何が外れていくのやら~?・笑
それはさておき、
ただただコツコツ坐るのみ、ですね。
なんで、こんなに飽きないのか
ほんとに不思議ですね~
1チュウ、1チュウ、
いつも違う「旅」みたいで、
飽きません。
では、明日からの摂心、
よい時間となりますように。
合掌

Tagged , , , , , , , , , , , , , , | ある女性の初関透過 はコメントを受け付けていません。

参禅の感想-1

 

Nさん 女性 30歳 岡山県在住 公務員
坐禅体験
 昨年の11月、かねてから訪れたいと思っていた芦生の森に、友人が行くと聞き、願ってもない良い機会なので、同行させてもらうことにしました。
 友人は、坐禅をするために1週間程度滞在する予定で、NPOの活動で琵琶湖のヨシの復元のために使う、柴束を作る作業もするとのこと。また、その禅堂の老師が、大変山に詳しい方で、山仕事のプロであるとともに森林の生態や、芦生の森の文化や歴史にも詳しく、森の案内もされているとのこと。摂心が始まる前に、老師の時間があえば芦生の森を案内していただけるかもしれないということで、最初は、芦生の森に惹かれて禅堂を訪れました。
 お言葉に甘えて禅堂に2泊させていただき、老師に芦生の森を案内していただきました。芦生の森は思っていたとおり素晴らしかったのですが、それにも増して、禅堂の環境と老師ご本人の人柄や思想、森林についての深い知識に感激しました。大学で森林を専門に勉強して、現在も森林に関わる仕事をしている私は、いったい今まで何を学んできたのだろうと、反省してしまいました。
 これまで、特に坐禅に関心があったわけではない私が坐禅に興味を持ったのは、その友人から、坐禅中に「自分の内側でセミが鳴いてる」ように感じたという体験について聞き、自然とそんな深いつながりを感じることができるのかと、びっくりしたことが最初のきっかけでした。
 興味を持ってからも、坐禅をしたいという気持ちはわいてこなかったのですが、ここ数年、健康なのに体が何か気持ち悪く、少し心身のバランスが崩れていたことと、3月に30歳の節目を迎えたこともあり、このままではいけないと漠然と感じていたときに、GWに接心があると友人から連絡をもらいました。直感的にこれだ!と思い、仕事も休む段取りをつけ、坐禅についての予備知識のほとんどないまま、1週間の接心に、飛び込みました。
 作法など、最初は老師から教わったり、見よう見まねで、戸惑いましたが、不安はありませんでした。ひたすら老師の言葉を守るよう心がけ、理解できるよう努力しました。最初の4日間はとにかく足が痛くて、よく座れませんでしたが、5日目の早朝には、胸の底から喜びがわき上がってきて、目に映るものがすべてのものがキラキラと鮮明に見えだしました。「真の自己」に出会えたかどうかはわかりませんが、旅をしたり、本を読んだり、映画を見たりしたのではとうてい得られない、今まで味わったことのない感動でした。
 接心のあと、日常生活に戻りましたが、呼吸に意識を傾けることで、心が乱れたり、不安を感じたりすることを軽減できるようになったり、食事の大切さを意識するようになりました。
 初めての接心でしたが、とても大切なものを得られた気がします。ただ、まだまだほんの入り口で、自然との深いつながりを感じられるまでは至っていないし、自分の中で整理できていないことが多いので、出来るだけ時間をつくって参禅したいと思います。

Posted in 参禅記・感想 | Tagged , , , , , | Leave a comment

開単のご挨拶

syotenhourin謹啓
學道舎を取りまく山々の残雪もいつのまにか消え、宮沢賢治がその童話の中で仏性の象徴とした辛夷(マグノリア)の清冽な白い花も散り、この朽木學道舎の周辺では山桜が満開となり、梨やスモモの花が一斉に咲きだしました。
付近にはすでにオオルリやツツドリ、サシバなどの夏鳥が渡って来ており、ブナの新緑が目にも鮮やかな季節となりました。

さて、みなさまからの過分のご支援、ご協力を頂きながら、ここ5年ほどの歳月をかけて進めて参りました朽木學道舎が、ようやく開単にまでこぎ着けることができましたので、ここに謹んでご報告申し上げます。

道元禅師の「正法眼蔵」と母の手縫いの座蒲、それに一揃いの宮沢賢治全集を携えて、東京からこの雪深い山奥の過疎地に移り住んで、はや20年(現在で約30年)の歳月が過ぎ去ろうとしております。いまさらながらに光陰の移り変わりの早さに驚くばかりです。

この間、いくたびの愚行を繰り返してまいりましたが、幸いにも素晴らしい法縁に恵まれ、青年時代からの多年にわたる疑念を解決することができました。かつて大陸や朝鮮半島と奈良や京都を結んだ古い道を切り開き、根来坂の峠を越えて若狭の禪道場の摂心に通ったのも、はるか遠い昔のことのような気がします。

このわたくしの20年(現在で約30年)にも満たない短い参禅の間にも、日本も世界もかつてなかったほど大きく変化しました。もう何年も前になりますが、チェコの精神科医の方と摂心で共に坐禅したことがあります。亡命を恐れている政府は家族での出国を許さず、その方は単身で日本海に面した小さな古い港町である小浜に、ダルマを求めてやって来たのでした。

ほかにもポーランドの方やもちろん西側諸国からの多くの外国人も一緒でした。そしてその何年かのちにベルリンの壁は崩壊し、東ヨーロッパの民主革命、ソビエト連邦の解体へと歴史は激動しました。

また別の摂心でイスラエルから来られた若い留学生の方が隣に坐り、その初めての禪体験に深く感動した彼は、摂心の終了後に美しいユダヤ教のカードに「With a Breath」と記し,わたくしに手渡してくれました。

イデオロギーや体制、民族の違いを越えて、多くの人たちと共に禅を行じてきたわけですが、こうしたことが可能であるのもダルマはほんらい普遍的なものであり、禪はそのすべての存在の根源であるダルマ=真の自己を探求するものであるからです。

文字通り戦争と革命の世紀であった20世紀は,同に科学の世紀であり、その外部世界を支配しようとするあくなき欲望の時代であり,その一方で人間の内面世界をかえり見ることを忘却した世紀だったように思います。

もちろんこの日本とて例外では無く、西欧近代の世界観と人間観のもとに、世界の人々が羨むほどの物質的な豊かさを手に入れましたが、わたしたちの生命の基盤である環境は破壊され、精神にまつわるすべての価値が崩壊してしまったかのような観を呈し、社会的な混迷は深まるばかりだと思うのはわたくしだけでありましょうか。

自らの参禅体験を通じて、すべての人に内在する叡知に目覚めることなしに、真の自由と平和が実現されることは在りえず、この世界や人間存在を根底から問い直すことなしに、今日のさまざまな問題を解決することは不可能であると考えます。

こうしたなかにあって仏教、なかんずく禪が果たさなければならない役割の大きさを痛感しております。この決して誰も教えることも、誰に教えてもらうこともできないその叡知を、自ら探求し真の自己に目覚めるための場として、このささやかな朽木學道舎は設立されました。

発心寺専門僧堂師家、原田雪渓老師より「出家するも良し、そのままでも良し、これからは時代に即応して法を伝えていくように」というお言葉を頂いてから學道舎の設立に取り掛かったわけですが、この間は山仕事に従事しながらの、肉体的にも経済的にもたいへん苦しい日々でした。

なんとか開単を迎えることができましたのも、おおくの友人、道友のみなさまのお陰であることは申し上げるまでもありません。ここに改めて、みなさまから寄せられましたご支援、ご厚情に対して深く感謝するとともに、心から御礼申し上げます。

現代の日本の社会にあって、組織や団体の後ろ盾の何もない浅学不徳のわたくしのようなものの試みに、おおくのみなさまからの援助を頂いたことを考える時、釈尊を始めとして国境を越え、時代や社会体制を超えて、この自由と平和の道を伝えてくださった、膨大な数知れぬ人々と、ご指導頂いた幾人かの師や敬愛するアメリカの詩人たち、共に坐ってきた幾多の法友のすべての縁を頂いて、いまこうしてここに坐っていることに、合掌礼拝せずにはいられません。

朽木學道舎は何とか最低限の準備を整え、開単の日を迎えることができましたが、これからは今までにもまして大変だろう覚悟しております。この身体の動く限り法のために働くことで、みなさまのご恩に報いるつもりでおりますが、これからも忌憚の無いご批判、ご指導、ご鞭撻を頂けましたなら幸いです。

最後になりましたが、開単に際しまして、おおくのみなさまよりお祝いを頂きました。拝眉の上でお礼を申し上げねばならないところですが、いまだ山積する仕事に忙殺されております。何とぞご理解のうえ、ご寛恕下さいますよう伏してお願い申し上げます。

2001年5月8日(当地では月遅れの花祭りの日) 朽木學道舎師家  飯高転石 九拝

Tagged , , , , , , , , , , , , , , , | 開単のご挨拶 はコメントを受け付けていません。

坐禅の仕方

Dharma

基本的な作法


合 掌(がっしょう)

相手に尊敬の念をあらわすこと。両手の掌を合わせ、臂を脇の下から離し、指先を鼻の高さに揃えます。


叉 手(しゃしゅ)

歩くときの手の作法。右手の親指を中にして拳を作り、これを胸に当て、これを左手の掌でおおう。


隣位問訊(りんいもんじん)

両隣の参禅者への挨拶です。自分の坐る位置に着いたら、その場所に向かって合掌し低頭する。両隣に当たる二人は、これを受け合掌。


対坐問訊(たいざもんじん)

坐る向かいの人への挨拶。隣位問訊をしたら、右回りをして、向かいに坐っている人に合掌、低頭する。向側の人はこれを受けて合掌する。


結跏趺坐(けっかふざ)

両足を組む坐り方。対坐問訊が終わったら、そのまま坐蒲の上に腰をおろし、足を組む。右の足を左の股(もも)の上に深くのせ、次に、左の足を右の股の上にのせ、左手を坐蒲に添え、右手は床をおさえ、身を坐蒲と共に右回りをして面壁(めんぺき)する。


半跏趺坐(はんかふざ)

結跏趺坐ができない人の足の組み方。左の足を右の股のうえに深くのせます。結跏趺坐でも半跏趺坐でも肝要なのは、両膝とお尻の三点で上体を支える。自分の身体に合った坐蒲を使用し、両膝を確実に地につけ、その三辺が正確な二等辺三角形を描くように坐ること。

上体の作法両脚のまわりの衣服を整え、背骨をまっすぐにのばし、お尻を後方につきだすようにして腰にきまりをつけます。両肩の力を抜き、腰の骨をまっすぐに伸ばし、首筋には力を入れず、顎を引き、頭で天をつきあげるようにすると、背骨がまっすぐになります。

手の作法(法界定印、ほっかいじょういん)

右の手のひらを上向きにして組んだ足の上に置き、その上に、左の手のひらを同じように上向きにして置き、両手の親指の先を、かすかに接触させます。力を入れておしてはいけませんが、決して離さないようにします。目の作法目は決して閉じないで、自然のままに開いておく。視線は、およそ1メートル前方、約45度の角度におとしたままにする。


呼吸について(欠気一息、かんきいっそく)

すべてのものを吐き出してしまうような気持ちで、大きく口を開けて息を吐き出す。いっぱいに吐き出すと、あとは吸おうと思わなくとも、新鮮な空気が身体全体に入ってきます。この深呼吸を数回行った後は、鼻からの自然な呼吸にまかせる。
口の作法

 舌の先を上の歯の内側の付け根につけ、歯と歯とをつけ、唇を密着させる。口を結び、開けたり、動かしたりしない。

左右揺振(さゆうようしん)

腰骨を中心にして、上半身を左右に振り子のように動かし、じょじょに小さくし、脊梁骨を地球の鉛直線に合わせ、坐相を正しく落ち着かせる。


止静鐘(しじょうしょう)

坐禅の始まる合図。参禅者の身相が整う頃、堂頭(どうちょう)が入堂して堂内を一巡し、正しい坐にあるかを点検します。これを検単(けんたん)といいます。堂頭が自分の後ろに巡ってきた時は合掌をし、通りすぎた後に法界定印にもどします。この後、鐘が三回鳴ります(止静鐘)。止静鐘が鳴るまでに、自分の坐る場所に坐っているように。


警 策(きょうさく)

心のゆるみを警めるために打ちます。睡魔におそわれたり、心が乱れた時などに自分から受ける方法と、 姿勢が悪かったり眠っていたりする人に直堂(じきどう)(堂内を監督し、警策を行ずる者)の方から入れる方法があります。

どちらの場合も、右肩を軽く打って予告されます。他所では合掌して首をやや左へ傾け右肩をあけるようにしますが、学道舎ではそのままの姿勢で受け、終わったら合掌のまま頭を下げ、もとに戻ります。

抽解鐘(一回鳴ります)

終わりの鐘が一回鳴ると終わりの合図です。合掌し低頭したのち、左右揺振します。今度は、両手の手のひらを上にして膝に置き、はじめ小さくだんだん大きく揺り動かします。身体をほぐしたのち右回りをして向きを変えます。

そして、足を解きゆっくりと静かに立ち上がります。 坐蒲を元の形に直します。直し終わったら、自分の坐っていた場所に向かって合掌し低頭(隣位問訊)し右まわりして向かいの人に合掌(対坐問訊)します。そのあと、叉手で退堂します。

経 行(きんひん)

坐禅が長時間行われる場合、堂内をゆるやかに、静かに歩行すること。坐禅中に経行鐘(きんひんしょう)が鳴ったら(二回鳴ります)、合掌し低頭し、左右揺振し、組んだ足を解き、ゆっくりと静かに立ち上がります。坐蒲を直し、自分の坐っていた場所に向かって合掌し低頭(隣位間訊)し、右回りして向かいの人に合掌し低頭(対坐問訊)します。

そのあと、叉手にして、呼吸を整え、最初の歩を右足より出します。列の前後を等間隔に保ち、堂内を右まわりに緩歩します。緩歩の方法は、一呼吸に半歩前進します。息を吸い吐く間に、足の甲の長さの半分だけ歩を進めるのです。呼吸の仕方や上体の姿勢、目や口元などは、坐禅の場合と同様です。

5分ほど歩きますと係の方の合図があります。それを聞いたら、直ちにその場に両脚を揃えて止まり、叉手を合掌に変えて低頭し、右足から、普通の歩速で進行方向に進み、自分の坐っていた場所にもどり、隣位問訊、対坐問訊したのち退堂します。


-〈注意事項〉-

時計などは外し、靴下や足袋は脱いでおくこと。

堂内を歩くときは、必ず叉手にします。

聖僧さまの前を横切ってはいけません。





坐禅の準備と心得

*坐る前の準備
特に身体のかたい方は、真向法 簡単なハタヨガ、太極拳、チベット体操などで、身体をほぐすことが有効です。
股関節を柔軟にして、楽に坐禅の姿勢が取れるようにする為には、真向法体操が有効です。
以下のYouTubeの動画が参考になります。



真向法体操

*どんな服装で坐るか

ジーパンのような窮屈なズボンなどは適さない。ユッタリしたズボンやスカートが望ましい。普通、ズボンを履くときのようにお腹の上を締めているのは良くないので緩める。できれば作務衣や着物に袴で坐るのが良い。

*どんな場所で坐るか

できるだけ静かで清潔な場所を選ぶ。風や日光が直接当たるような所は避ける。屋外でもかまわないのだが、初心の内は他者が気になるので、屋内がよい。

*明るさについて

  あまり明るすぎのは気が散ってしまい、暗すぎるのは心が沈んでしまうので良くない。古来、読書をするには、少し暗いくらいが良いとされる。昼間は、カーテンを引くなどして、夜は調光式の照明などで調節する。

*面壁か対坐か

 臨済宗は対坐であるが、曹洞宗は面壁である。達磨の証跡を見るまでもなく向上門(修行中)は本来みな面壁であったはずである。それに面壁のほうが他者が気になったり、気が散ることもなく、落ち着いて坐れる。基本的に面壁で坐るべきである。壁や襖などに向かい、目線から7、80センチくらい離れて坐る。

*食事と睡眠

  「飲食節あり」と示されているように、食事は過不足なく腹七分から八分で止め、食事の前後はさける。また睡眠も少なすぎるのも良くないし、もちろん貪るのはもっと良くない。

*坐禅の長さ、時間

 坐禅中、時間を気にしなくて良いように時計を置いておく。あるいは、あらかじめ時間で長さを決めておいた線香を立て、時間を計る。線香の香りが禅定を助けてくれるという効用もある。

*坐禅の回数と坐る時間帯

一日のうちにいつ坐るのがいいかであるが、仕事や家庭の事情で理想通りの時間を選べない人がほとんどであろう。ただ、朝の坐禅と夜の坐禅は明らかに違う。可能ならば朝晩2回、30分くらいの坐禅ができれば理想である。

 ほとんどの宗教で、夜明け前や日没の頃がもっとも神聖な時間として、祈りを捧げたり沐浴したりすることが行われているが、古来、太陽が西に傾きはじめてから地平線に没するまでの時間が、いちばん深く坐れると云われる。

 わたくしの経験からも、夜の昏鐘坐、学道舎では 6:20~7:00がいちばん良く坐れます。在家の生活ではもっとも坐禅に難しい時間ですが、一人暮らしの方などは、週に一度の休日などにこの時間帯に坐ってみることを勧めたい。

*坐蒲について

  「坐処には厚く坐物を敷き、上に蒲団を用ゆ」(普勧坐禅儀)とあるように、坐禅をするには、まず厚くて大きな座布団を敷く。なぜ厚くなければいけないかというと、薄いとどうしても早く脚が痛みやい。また痔疾に罹る恐れもなしとしない。

「痔」という漢字が、病垂に寺であることを知るべきである。古来、痔はお坊さんの持病であったようだ。 その上に、円形のクッションのような坐蒲を置く。直径30センチ以上、高さは10センチ、パンヤがしっかりと詰めてあるものを選ぶ。

臨済宗では、長い単布団と呼ぶ蒲団を折り返して使うが、バカらしいほど高価であることと、腰が沈んでしまうので勧められない。(大きな座布団が高価なため入手できない人は、できるだけ本綿入りの古い敷き布団を探し、それを二つ折りにして使う方法もある。)

坐禅の組み方

*坐禅の三要素ー身息意

 調身の法 足の組み方 手の組み方

 ー右の手を下に左の手を上にして左の足の上に、置く。「法界定印」という印相である。 熱心に坐禅すると手が崩れるが、気になるようだったら、右手の親指と人差し指で輪をつくり、そこに左手の親指を差し入れ軽く握るようにしてもよい。

姿勢

 腰をしっかりと立てる。下腹が両股の間に入り込むように。 上半身には決して力を入れず、ユッタリとしておく。 首の後ろが伸びるように、軽く顎を引く。顎が上がっているときは、視線も高くなっている場合が多い。 目は、坐禅儀にも「眼は須く常に開くべし」と示されているように、絶対に閉じてはいけない。

調息の法

 坐禅儀には、まず始めに「欠気一息せよ」と示されているように、深呼吸をする。 あとは「鼻息微かに通ず」と示されておりますように、鼻から自然な呼吸をする。

調心の法
道元禅師も「心操を整うること、もっとも難し」と云われていますように、心、意識の状態をどうしたらいいのか、という問題はもっとも難しいものです。

 思いを放ち、さまざまな想念に引き回されないこと。目に映るものにも、耳に聞こえる音にも鼻に匂う香りにも、心に浮かぶ思考にも、あるがままに。それらの一切のことを、相手にせず、邪魔にせず、ただ坐ること。

(詳細は後日に記述します)

気海丹田とは、もともと仙道の言葉。

朽木学道舎の坐禅その他の作法は、基本的には曹洞宗の作法に従います。以下の動画を参考にしてください。



曹洞宗の坐禅・座禅入門

*魔境について

  熱心に坐禅に取り組んでいる人は、坐禅中、さまざなま心境が起こります。具体的に物が見えたり、聞こえたり、恐ろしいことや、素晴らしい光景など。こうしたことは魔境と呼ばれ、驚くに値しません。

かつて学道舎に参禅した50歳くらいの女性、しっかりした高校の先生でしたが、摂心に来られ初日、5,6火主も坐ったら、もうかなりの魔境が出たようで、パニックになったというような例もあります。

坐禅の修行を続けて行く上で害があるような魔境は、自分でも良く認識できますので、いいのですが、素晴らしい境地が現出する場合、人はどうしてもそうしたものに取り憑いてしまう。独参の必要性が、こうした所にもあるわけです。

魔境に対する態度としては、どんな心境が現れても、それは心の作用であり実体はない。ですからその魔境をいっさい相手にせず、邪魔にもせず、ただ随息観なり只管打坐の工夫に徹することが最も大切なことです。

そうやって正しい工夫を相続して行くうちに、もとより虚妄なものですから、追い払おうとしなくとも、消えてなくなります。もっとも、次にはまた違う魔境が、手を替え品を替え現れてきますが。

*坐禅から出るとき 後日に記述します。

*経行(きんひん)について

坐禅から立ち上がり、手は叉手(しゃしゅ)といって右手の親指を中に折って握り、それを鳩尾の上に当て、それを左手の手のひらで覆う。腕を一文字にし、視線は自分の足から2メートルほど前方の床に自然に落とす。歩行禅であるから、随息観、只管打坐など、自分の参じている工夫に三昧で歩くことはもちろんである。

曹洞宗では、一息半歩といい、一呼吸の間に半足分すすむというユックリした歩き方であるのに対して、臨済宗ではトットと小走りに歩く。経行は静中(坐禅中)と動中(日常)をつなぐための修行である。これも一息半歩の曹洞宗の方法が優れている。

*動中の工夫について

動中の工夫
坐禅の大事と題して「せぬときの坐禅を人の知るならば なにか仏の道へだつらん」 至道無難禅師白隠禅師は「動中の工夫は、静中の工夫に勝ること千万倍す」とまで云い、日常の工夫を勧めている。ダルマの探求者には、日常の中に雑用があってはならない。普通の人の日常的な価値観ではつまらないことと思えるような、部屋の掃除であるとか、洗い物のような仕事も、動中の工夫に最適な仕事である。

 仕事でも、何の用事でも、その時にはその仕事に成り切って一所懸命につとめ、少しでも合間ができたときには、椅子に坐っていても腰を延ばして、息を吐ききり、5分でも良いから随息観をする。こうして動中の工夫を相続し、坐禅の静中と日常の動中を平行して進める。

*独参について

 独参は、師家と學人が一対一で問答商量する場である。
*独参の作法ー後日に記述します。

*読書と読経について 「古教照心」の必要性

ダルマサンガの基本経典

初期仏教から 一夜賢者経 過ぎ去れるを 追うことなかれ。 いまだ来たらざるを 念うことなかれ。 過去、そはすでに 捨てられたり。 未来、そはいまだ 到らざるなり。 されば、ただ現在するところのものを、 そのところにおいて … Continue reading

普勧坐禅儀

原(たず)ぬるに、夫(そ)れ道本円通(どうもとえんづう)、争(いか)でか修証(しゅしょう)を仮(か)らん。 宗乗(しゅうじょう)自在、何ぞ功夫(くふう)を費(ついや)さん。 況んや全体逈(はる)かに塵埃(じんない)を出( … Continue reading

Tagged , , , , , , , , , , , , , , , , , , | 坐禅の仕方 はコメントを受け付けていません。

質疑応答

質問1 朽木學道舎とはどんな場所ですか。

答え 基本的には禅堂です。

ダルマそのものには出家も在家もありませんが、主として一般の方が本格的に坐禅を実践できるような場として開かれました。坐禅をして精神的な安定を得るというだけなら、どこでもいいわけです。

しかしそれではヨーガがいつの間にか健康や美容のためのものになってしまったと同じように、禅も単なる精神安定剤の代わりになってしまいます。

いまでは宗門の専門僧堂も、そのほとんどが寺院の後継者養成を目的とした、僧になるための修行の場所ですね。

それが良いのか悪いのかあげつらうつもりはありませんが、禅の本来の目的は人間が真の自己に目覚めることによって実存的な苦悩から解放されることです。

朽木學道舎はそのことのみを目的としている場所です。ですからここには難しい細かい規則はありません。ダルマを探究しようとする本人の主体性こそが大切です。

質問2 ではなぜ禅センターとか、朽木禅堂とかの名称にしないのですか。

答え 最初にズバリと言いますが、もともと禅などというものはありません。

現代においてはあたかも禅という何か特別な修行をして、禅に特有な結果がもたらされるというような解釈が一般的ですね。

日本で禅の修行をした外国の方がよく日本の禅は禅臭さ過ぎると言いますが、それに気付くということは大事なことです。禅の本質を理解し始めた証拠ですから。

禅だけではなく、仏教とは自分自身とこの宇宙の存在の本質に目覚めることです。

それは何か新たに獲得されるものではないのです。

わたしたちは日常としてその本質を生きているのですが、自我が自分の存在のすべてであるという思い込みよって、それを自覚することができないのです。

チベット仏教の喩えを借りれば、自我とはもともと青空のように広大な意識の中にできた瘡蓋のようなものです。坐禅をすることでその瘡蓋は自然に脱落して、本来の自分に帰るのです。

われわれの身体を構成している物質が、この宇宙ができたときの物質と同じものであることは、今では子供でも知っている訳ですが、身体が宇宙的なものであるように、意識もまた宇宙より小さいということはないのです。

禅が何か特別なものであるというように誤解されている日本の現状を踏まえて、あえて禅という言葉を使わずに朽木學道舎と命名しました。

さらに言えば、自己を探究することがいままでのように個のなかに閉じられていてはならないのです。

道は歩く人が多くなって初めて道たり得るのです。ですから活動案内にありますように、ダルマを中心として環境や教育の問題を考えるワークショップや研究会なども行うのもそのためです。

質問3 舎主もお坊さんではなく在家のようですが、それも何か理由があるのでしょうか。

答え まず、わたくしはダルマを探究すべく修行してまいりましたが、お坊さんになるための修行はしておりませんし、関心もなかったということです。

現代の日本の社会では出家と言えば、まず何宗のお坊さんかということが問題になりますが、それは仏教の本質には何ら関係のないことです。

日本の仏教は様々な宗派に分裂しているばかりでなく、お坊さんの多くも葬式や法事をその中心的な仕事としているのが現状です。

そうしたことも大切なことですし、別に批判すべきことではないのです。

日本の社会がそれ以外のことを仏教に求めてこなかった結果ですから。 しかし、そうした状況のなかで、自己に目覚めるための実践の場としては、いわゆる既成仏教とは直接的な関係を持たない在家の立場の方が純粋であり得るわけです。

質問4 それでは、いわゆる新興宗教の一つと考えていいのでしょうか。

答え そうではありません。

わたくし自身は曹洞宗や臨済宗の禅堂で坐ってきましたし、インドの日蓮宗寺院でお題目さえ唱えたことがあります。

そのなかで曹洞宗の老師に指導を仰ぎました。もっともその老師も宗派の枠からは自由な方で公案も使いました。

そうした意味で、朽木學道舎は禅の伝統に深く根ざしているわけです。

禅の修行の段階を十枚の絵によって表現した「十牛図」というものがありますが、修行を終えて街に出ていく最後の段階を説明する文章の中に「前賢の途轍に背き」とあります。

ダルマは人が手を付けられるようなものではありませんが、それを伝えようとする社会や人間は、時代とともに変化するものです。

敢えて先人の歩んだ道に背くということが必要になるのです。そのようにして禅は創造的な生命力を保ってきたのです。

禅を学問的に研究したり文化的に取り扱うことも、それはそれで大切なことでしょうが、しかしそれだけではいつも過去に向き合っているばかりで、未来を創造して行く力にはなり得ません。

禅が単なる物好きの趣味や飯の種にしか過ぎないものであるのならば、それで仕方ありません。

しかし、今日の環境破壊や教育の荒廃、人間の自己喪失などが進行する状況のなかでそうであってはならないのです。存在の事実に目覚めることによって、新たなる人間観や世界観を構築しなければなりません。

真に禅を生きた祖師はこう言っております。「宇宙すべてが、自己の身体である」と。

ですから朽木學道舎は新興宗教などとはもっとも遠いものです。

むしろ在家仏教徒の革命運動であった大乗仏教の原像に近いものであり、禅がたくまし生命力を持っていた中国唐代の、薬山や趙州の禅堂のような存在でありたいと念願しているのです。

質問5 坐禅とはそれほどのものなのでしょうか。いったいどれくらい坐ったら、いわゆる悟りを開けるのでしょうか。

答え わたくしがお世話になった老師があるとき独参の場で「お釈迦さまだって本当のことを言ったかどうか分からんじゃないか」と言われたことがあります。

仏教の原点が釈尊の菩提樹の下での坐禅と暁の明星を機縁としての目覚め、その結果としての智慧の開発であることは何人も認めざるを得ないでしょう。

何も坐るだけが坐禅ではありません。歩くことも仕事をすることも坐禅です。しかし地球の鉛直線に脊梁骨を合わせて、呼吸と意識を整え坐るというのが坐禅の基本であるのは言うまでもありません。

この単純な行為がいかに素晴らしいものであるかは、経験したものにしかわかりません。

白隠禅師も「坐禅和讃」のなかで「それ摩訶衍の禅定は賞嘆するに余りあり、布施や持戒諸波羅蜜 念仏懺悔修行等 その品多き諸善行 皆この中に帰するなり」と言っておられますが、それが決して大袈裟なことではないことが分かります。ただ真の指導者のもとで、無理のない正しい坐禅をすることが大切です。

どれくらい坐禅すればという質問ですが、それは自我という瘡蓋が個性によって違うように、あまり意味のある質問ではありません。

しかし何度も申し上げているように、誰でも本質的にはダルマそのものです。柿が秋に熟して、自然に枝から離れて落ちるように、正しい坐禅を相続して行けば、必ず本来の自己に帰り着きます。他にどこにも行きようがないのです。

わたくしも諸方に参禅したおりに、自己に目覚めることなど必要ないかのように、ただいたずらに長時間の坐禅をするだけであったり、あるいは見性を急ぐあまり、青い柿を無理矢理もぎ取るようなことも見聞してまいりましたが、ほんとうに必要なことは、熟すまで持続するということです。

それには正しい指導者に参禅し、ダルマについて聞くことが必須です。指導者がいなければ、天才でもないかぎりこの道を正しく歩むことはできません。そうでなければ、止めておいたほうが無難です。

見性、悟りということは確かに必要なことです。しかし、それは本来の自己に目覚めることであって、何も特別の人間になったり、超能力を獲得することではありません。

目覚めた後には必要ないことです。例えば病気の人が薬を飲んで健康を取り戻したとします。健康な人に薬はいらないばかりか、害毒にさえなります。健康な人は、自分が健康であることを意識しません。

こうしたことは、それを経験した者にしかわかりません。難しいのは悟りを開くことより、むしろそれを忘れることです。

誰でもようやく達成した結果にしがみつくのは人情ですが、その間違いを指摘してくれる人は容易にはおりません。

Tagged , , , , , , , , , , , , | 質疑応答 はコメントを受け付けていません。